糸井 |
つまり、主人公が
「プロ用の1800万円もするチェロ」を手放したのって、
一人前のおとなの女性との関わりを
きっぱり放棄したことの隠喩だと思うんですよ。 |
(C) 2008 映画「おくりびと」製作委員会 |
本木 |
はぁ、なるほど。 |
糸井 |
そして、奥さん役の広末さんが象徴してるのが
いわゆる「幼児性」なんです。 |
中沢 |
そうですね、たしかに。
主人公よりも、だいぶ歳下だろうし。 |
糸井 |
あの若い奥さんは「夢見る男」を好きになって、
その男の夢が破れたとしても
「ついて行くわ」というタイプの女性でしょう。 |
中沢 |
実際、山形という見知らぬ土地まで
ついて行ったわけだし。 |
糸井 |
つまり、本人も夢を見れる少女のような女性。 |
(C) 2008 映画「おくりびと」製作委員会 |
本木 |
うん。 |
糸井 |
で、そういう伏線を
無意識のうちに、うすうす感じながら観てくると
故郷に帰った主人公が、
子どものころに使っていたチェロを弾く場面で‥‥。 |
(C) 2008 映画「おくりびと」製作委員会 |
中沢 |
ああ‥‥なるほど。
つまり「幼児用のチェロ」を抱いてるわけだから‥‥。 |
糸井 |
そう、その「幼児用のチェロ」によって
あらわされているのが、
若くて、まだ幼児性を残した広末さんなんです。 |
中沢 |
まったく、そのとおりだね。 |
本木 |
はぁー‥‥。 |
糸井 |
チェロは偶然だったっていってましたけど、
これ‥‥逆にいうと、
そこまで計算してたら、やらしいくらい(笑)。 |
中沢 |
うん、どこまでが偶然で、
どこからが意図なのか、わからないけどね。 |
本木 |
もともとの設定は「同年代の妻」だったんです。 |
中沢 |
ああ、そうだったんですか。 |
糸井 |
つまり「夢見がちな男」に対して
ふつうに怒る人ですね、その女性は。 |
本木 |
ええ。 |
糸井 |
その場合は、夫がチェリストを辞めて
故郷の山形に帰るだなんて言いだしたら、
きっと口論になって、
物語が東京から先に進みませんよね(笑)。 |
中沢 |
わたしはなぜ、東京を離れたくないのか、
なんて言いはじめたら、
それこそ「インテリ」映画になっちゃう。 |
糸井 |
だから「子ども用のチェロを弾く」って展開には、
観てて、オレ、しびれたなぁ。 |
中沢 |
ねぇ。 |
本木 |
そういうふうに観たんですね‥‥おふたりは。 |
糸井 |
でも、となりの席のおじいちゃんだって、
たぶん、感覚的には
同じように感じてたと思うんですよ。 |
中沢 |
意識しているかどうかは、ともかくね。 |
糸井 |
だって、大人が子ども用のチェロを弾く不自然さって、
ぜったいに、あるわけだから。 |
中沢 |
でもさ、劇中に出てくる「食べもの」の選択は、
かなり意図的なんじゃない? |
本木 |
山崎努さんが「ふぐの白子」を
吸い付くように食べてたり‥‥。 |
(C) 2008 映画「おくりびと」製作委員会 |
中沢 |
あれは、完全に狙いでしょう、小山さんの。 |
糸井 |
白子って「精子」ですからね。 |
中沢 |
つまり「いのち」そのもの。 |
糸井 |
もうさ、
「エロスとタナトス(※死を司る神)の問題」が
いちいち、顔を出すんですよ。 |
中沢 |
後半、火葬場につとめてる人が出てくるでしょう? |
本木 |
ええ、はい。 |
中沢 |
ネタバレしないように話すと‥‥(笑)、
その人が、ある人を
火葬炉の裏側へ、連れていくじゃないですか。 |
本木 |
ええ。 |
中沢 |
あのシーンを観たときにね、
子どものころの思い出がよみがえっちゃって。 |
本木 |
思い出? |
中沢 |
ひいおばあちゃんが亡くなったとき、
火葬場で、
ひとりぽつねんとしてたら、
係の人が
「おい坊主、見せてやろうか」と言って
ぼくを、炉の裏へ連れて行ったんです。 |
本木 |
‥‥え、炉のなかを見たんですか? |
中沢 |
うん‥‥それでね、
「おばあちゃん、起き上がるぞ」って。 |
本木 |
ああ‥‥。 |
中沢 |
言われるがままに炉のなかを見ていたら、
棺に炎が燃えうつって‥‥
ほんとに、起き上がったんです。
‥‥「ばんっ!」って。 |
糸井 |
見たんだ。 |
中沢 |
見た。 |
本木 |
‥‥あの、熱で起き上がるのと同時に
なんか、声みたいなブォ〜って音も
発するらしいですよね‥‥。 |
中沢 |
‥‥うん。 |
本木 |
でも、幼き日にそんな光景を見てしまったから、
いまのような研究をやってらっしゃる‥‥!? |
糸井 |
そこが「中沢新一」のはじまりだったのかも。 |
中沢 |
うん、その後の人生を決められちゃったくらい、
ぼくにとっては
その体験が、ものすごく衝撃的だったんですよ。
おっさん、えらいもん見せてくれたなぁと。
だから、チベットや北インドで
鳥葬のために遺体の頭蓋を砕いてるところを
何度か見ていますけれど‥‥
驚かなかったのは、そのせいかも知れないな‥‥。 |
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本木 |
すでに洗礼を受けてたんですね。 |
中沢 |
だからぼくは、あのシーンのときに
「あ‥‥もしかして、起き上がるのかも」なんて、
密かにドキドキしてたんです(笑)。 |
糸井 |
その「火葬場につとめる人」の
「うすあじのエロス」もよかったですよね。 |
中沢 |
いっしょに風呂屋を‥‥って話? |
糸井 |
そう。 |
中沢 |
あそこは、よかったねぇ。 |
糸井 |
あれってつまり「結婚の約束」でしょ? |
本木 |
ええ、そうですね。 |
中沢 |
風呂屋も火葬場も、両方「燃やす人」ですから。 |
本木 |
ええ、薪を燃やして、ご遺体を火葬して‥‥。 |
糸井 |
もう、よくできてるなぁ、いちいち。 |
中沢 |
うん。 |
糸井 |
ほんとに、運命の映画だと思いますね。
そういう、細かい描写のたくみさ含め。 |
本木 |
いや、でも、お聞きしていて、すごいです。
ふたりの先生の分析力‥‥というか。 |
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糸井 |
まあ、股間さわっちゃったところから
始まったんだけどねぇ(笑)。 |
中沢 |
あはははは‥‥ねぇ(笑)。
<つづきます>
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