第9回 幼児性をあらわすもの
糸井 つまり、主人公が
「プロ用の1800万円もするチェロ」を手放したのって、
一人前のおとなの女性との関わりを
きっぱり放棄したことの隠喩だと思うんですよ。

(C) 2008 映画「おくりびと」製作委員会
本木 はぁ、なるほど。
糸井 そして、奥さん役の広末さんが象徴してるのが
いわゆる「幼児性」なんです。
中沢 そうですね、たしかに。
主人公よりも、だいぶ歳下だろうし。
糸井 あの若い奥さんは「夢見る男」を好きになって、
その男の夢が破れたとしても
「ついて行くわ」というタイプの女性でしょう。
中沢 実際、山形という見知らぬ土地まで
ついて行ったわけだし。
糸井 つまり、本人も夢を見れる少女のような女性。

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本木 うん。
糸井 で、そういう伏線を
無意識のうちに、うすうす感じながら観てくると
故郷に帰った主人公が、
子どものころに使っていたチェロを弾く場面で‥‥。

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中沢 ああ‥‥なるほど。

つまり「幼児用のチェロ」を抱いてるわけだから‥‥。
糸井 そう、その「幼児用のチェロ」によって
あらわされているのが、
若くて、まだ幼児性を残した広末さんなんです。
中沢 まったく、そのとおりだね。
本木 はぁー‥‥。
糸井 チェロは偶然だったっていってましたけど、
これ‥‥逆にいうと、
そこまで計算してたら、やらしいくらい(笑)。
中沢 うん、どこまでが偶然で、
どこからが意図なのか、わからないけどね。
本木 もともとの設定は「同年代の妻」だったんです。
中沢 ああ、そうだったんですか。
糸井 つまり「夢見がちな男」に対して
ふつうに怒る人ですね、その女性は。
本木 ええ。
糸井 その場合は、夫がチェリストを辞めて
故郷の山形に帰るだなんて言いだしたら、
きっと口論になって、
物語が東京から先に進みませんよね(笑)。
中沢 わたしはなぜ、東京を離れたくないのか、
なんて言いはじめたら、
それこそ「インテリ」映画になっちゃう。
糸井 だから「子ども用のチェロを弾く」って展開には、
観てて、オレ、しびれたなぁ。
中沢 ねぇ。
本木 そういうふうに観たんですね‥‥おふたりは。
糸井 でも、となりの席のおじいちゃんだって、
たぶん、感覚的には
同じように感じてたと思うんですよ。
中沢 意識しているかどうかは、ともかくね。
糸井 だって、大人が子ども用のチェロを弾く不自然さって、
ぜったいに、あるわけだから。
中沢 でもさ、劇中に出てくる「食べもの」の選択は、
かなり意図的なんじゃない?
本木 山崎努さんが「ふぐの白子」を
吸い付くように食べてたり‥‥。

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中沢 あれは、完全に狙いでしょう、小山さんの。
糸井 白子って「精子」ですからね。
中沢 つまり「いのち」そのもの。
糸井 もうさ、
「エロスとタナトス(※死を司る神)の問題」が
いちいち、顔を出すんですよ。
中沢 後半、火葬場につとめてる人が出てくるでしょう?
本木 ええ、はい。
中沢 ネタバレしないように話すと‥‥(笑)、
その人が、ある人を
火葬炉の裏側へ、連れていくじゃないですか。
本木 ええ。
中沢 あのシーンを観たときにね、
子どものころの思い出がよみがえっちゃって。
本木 思い出?
中沢 ひいおばあちゃんが亡くなったとき、
火葬場で、
ひとりぽつねんとしてたら、
係の人が
「おい坊主、見せてやろうか」と言って
ぼくを、炉の裏へ連れて行ったんです。
本木 ‥‥え、炉のなかを見たんですか?
中沢 うん‥‥それでね、
「おばあちゃん、起き上がるぞ」って。
本木 ああ‥‥。
中沢 言われるがままに炉のなかを見ていたら、
棺に炎が燃えうつって‥‥
ほんとに、起き上がったんです。

‥‥「ばんっ!」って。
糸井 見たんだ。
中沢 見た。
本木 ‥‥あの、熱で起き上がるのと同時に
なんか、声みたいなブォ〜って音も
発するらしいですよね‥‥。
中沢 ‥‥うん。
本木 でも、幼き日にそんな光景を見てしまったから、
いまのような研究をやってらっしゃる‥‥!?
糸井 そこが「中沢新一」のはじまりだったのかも。
中沢 うん、その後の人生を決められちゃったくらい、
ぼくにとっては
その体験が、ものすごく衝撃的だったんですよ。

おっさん、えらいもん見せてくれたなぁと。

だから、チベットや北インドで
鳥葬のために遺体の頭蓋を砕いてるところを
何度か見ていますけれど‥‥
驚かなかったのは、そのせいかも知れないな‥‥。
本木 すでに洗礼を受けてたんですね。
中沢 だからぼくは、あのシーンのときに
「あ‥‥もしかして、起き上がるのかも」なんて、
密かにドキドキしてたんです(笑)。
糸井 その「火葬場につとめる人」の
「うすあじのエロス」もよかったですよね。
中沢 いっしょに風呂屋を‥‥って話?
糸井 そう。
中沢 あそこは、よかったねぇ。
糸井 あれってつまり「結婚の約束」でしょ?
本木 ええ、そうですね。
中沢 風呂屋も火葬場も、両方「燃やす人」ですから。
本木 ええ、薪を燃やして、ご遺体を火葬して‥‥。
糸井 もう、よくできてるなぁ、いちいち。
中沢 うん。
糸井 ほんとに、運命の映画だと思いますね。
そういう、細かい描写のたくみさ含め。
本木 いや、でも、お聞きしていて、すごいです。
ふたりの先生の分析力‥‥というか。
糸井 まあ、股間さわっちゃったところから
始まったんだけどねぇ(笑)。
中沢 あはははは‥‥ねぇ(笑)。


<つづきます>


2008-12-05-FRI

(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN