第10回 誰かがすごく情熱的だったわけではない
糸井 27歳のときのインド放浪以来、
ずーっと、
この映画をつくりたかったってことですけど、
その間、まわりの人たちを
どうやって巻き込んでいったんですか?
本木 はじめはもう、ぜんぜんダメだったんです。
中沢 そこ、ちょっと聞いてみたいですね。
本木 まず、インド体験をもとにつくった
『天空静座』という本で自分のこころを覗き、
『納棺夫日記』にと出会ってコウフンし‥‥。

でも、今回の映画化まで、
けっこう、長い時間が経ってるんです。
中沢 15年。
本木 じつはその間、ことあるごとに、
プロデューサーのかたがたに
熱っぽくアピールしていたわけじゃないんです。

好奇心の種火はあっても、
テーマの「重さ」と『納棺夫日記』のもつ「厚み」を
背負える自信がなかった‥‥。

ときどき、ぽろっと提案しながらも、
具体的になってきたのは、この3年くらいで。
糸井 そうなんですか。
本木 はじめは、NHK的なドキュメンタリーなんかでも
いいんじゃないかと思ってたりして‥‥。
糸井 かたちとしての「映画」にこだわらなくても。
中沢 へぇー‥‥。
本木 それでも、まぁ、最初は別の映画会社に‥‥
あはははは(笑)。
中沢 ダメだったんだ?
本木 テーマ的に、ちょっと難しいと。
糸井 松竹が受けてくれて、よかったねぇ(笑)。
本木 結果的にちからをくれたTBSさんも、
当初はちょっと‥‥って感じだったんです。

ただ、あっちこっちに
必死でアタックしてたわけでもないんです、実際は。
糸井 でも、どこかの時点で、オレも乗った、
わたしも乗った‥‥って
まわりの人のエネルギーが集まってこないかぎり、
こうして一本の映画にはならないでしょう。
本木 ‥‥このあいだ亡くなってしまった
ウチの事務所の社長に、
いちど『納棺夫日記』を、渡してるんです。

自分が、すごく感銘を受けた本だからって。
でも、一向に感想が返ってこなかったんですよ。
中沢 ほう。
本木 それで、3年ぐらい前に
「何か、やりたいことある?」って聞かれて。

「もう10年以上前なんですけど‥‥
 本をお渡ししてるの、覚えてないですか?」と言ったら、
「‥‥え?」という感じで(笑)。

結局、読んでなかったみたいなんです。
当時は、興味をそそらなかったらしくて。
糸井 はー‥‥。
本木 でも、そのときに、あらためて読んでもらって、
この時代だからこそ、やろうという話になって。
糸井 それで、15年前じゃなくて「いま」なんだ。
中沢 それはほんとに、タイミングよかったよね。
本木 ええ、『納棺夫日記』といちど距離を置くにも、
時間がかかったし‥‥。

映画の実現にあたっては
小山薫堂さんの存在が、大きいと思います。

それまでは、
テーマ自体、敬遠されてましたし、
「かたちにならないよ」との反応が
多かったんですけれど‥‥。

小山さんのユーモアをまぜた脚本のおかげで
みんなじょじょにくすぐられ、
腰をあげてくれたというか。
糸井 でも、お聞きしていると、
誰かがものすごく情熱を傾けて‥‥とかじゃないんだ。
この15年もの間。
本木 そうなんですよ。
糸井 あんまり聞いたことないケースだよなぁ。
中沢 そのあたりの「温度の低さ」が、
作品のトーンにとって
逆に良かったのかもしれないですよね。
本木 ああ、そうですね。
糸井 つまり、熱く燃えたヤツがひっぱってったら、
こういう映画には、ならなかったと。
本木 うん、うん。
自分でもマスターベーション的だと寂しいなと思ったし。
糸井 ぼくは、とにかく本木さんがあきらめず、
七転び八起きしながらも、
ようやくつくりあげたのかなと思ってましたよ。
本木 でもないんです(笑)。
中沢 熱いものがパッとほとばしったわけじゃなくて、
長いこと地下水のように流れ、
熟成されてきたものが
じわじわ、じわじわ、滲み出してきたような。
本木 ええ。
糸井 そういうことも、あるんですね。
本木 でも、じわり、じわりと参加者が増えてゆくのも、
エキサイティングでしたよ(笑)。
糸井 あはははは(笑)。
中沢 でもね、むかしからずーっと考えてきたこと、
こころに抱えてきたものが
10年くらいのときを経てかたちになるときって
だいだい‥‥うまくいくよね。
糸井 あ、そう?
中沢 ぼくも、わりあい、何かを思いついてから
ひとつのかたちになるまでに、
10年くらいかかっちゃうことあるんです。
糸井 で、かかっちゃったものは「いい」んだ?
中沢 うん。じわじわ、じわじわ、
ちょっとづつ地表に滲み出してくるみたいに、
しつこく考えて続けてると‥‥ね。
糸井 でも「人との出会い」みたいなものにしても、
10年ぐらい経ってみて、
ようやくみのりはじめるなんてことあるしね。
中沢 ある、ある。
糸井 それに、もし15年前に映画ができちゃってたら、
あの山崎努さんの演技を、
だれか他の役者さんが、できたかどうか‥‥。
中沢 ムリでしょうね。

(C) 2008 映画「おくりびと」製作委員会
糸井 山崎さん本人でさえ、むずかしいよね。
中沢 うん、それほどすごかった。
本木 はい‥‥ほんと、すごかったです。
糸井 「いまの山崎努」が「いま、いた」からこそ、
できた演技だよ、あれは。
中沢 そのとおりだね。
本木 本当に、山崎努さんという俳優の存在で、
この映画の「品格」というか「奥行き」のようなものが
ぐぐーっとひろがった感じがします。
糸井 うん、最高だったと思う。

(C) 2008 映画「おくりびと」製作委員会
  <つづきます>


2008-12-08-MON

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