大竹 | 写真は「生き物」みたいに繊細で揺らぎやすいので、 撮るときは意識が開いてないとだめなんです。 ちょっとでも精神的にぐらついていたり、 及び腰だったり、思い切りが悪かったりすると、 写真に出てしまう。 そういう日は、写真が撮れない日です。 |
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── | 心が開いてないから、 被写体とコミュニケーションがとれないんですね。 |
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大竹 | 一層のこと、まったく閉じていて、 世の中ぜんぶが真っ暗に見えていたら、 それはまたそれで‥‥ |
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── | 特徴が出るかもしれないですね。 | |
大竹 | 森山大道さんに桜を撮った 「桜花」というシリーズがあるんですけど、 いちばん落ち込んでいた時期に撮ったもので、 閉じている凄みがあります。 でも、ハワイの島を撮ったものは 同じ森山さんによる写真でも、 心が閉じている感じはしないですよね。 むしろ本質にズバッと切り込んでくるような 激しさを感じます。 |
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大竹 | ということは、写真家は 「いつも心身が開いた状態」 になければならないわけで、 これって並大抵のことではないでしょう。 |
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── | あ、たしかに‥‥。 心だけじゃなくて、体のコンディションとか、 ままならないことはたくさんありますもんね。 |
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大竹 | そういう無理を承知で 引き受けている人々なんです。 それに加えて天気の変化とか、 撮られる側の機嫌とか、度重なる予定の変更とか、 ままならないことは他にもたくさんあります。 |
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── | ありますね。 | |
大竹 | そういう変化に 即時に対応できなくてはならないんです。 でも、ほんとうにすごい写真家は、 天気も変えてしまうんですよ! |
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── | 聞いたことがあります。 「明日、雪降るといいな」とつぶやくと、 ほんとうに降ってしまう、みたいなことですよね。 |
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大竹 | そう。オカルト風に聞こえるかもしれないけど、 ほんとに才能ある写真家は 自分を「メディア化」して、 森羅万象とエネルギーの交感が できてしまうんですね。 「メディア」の語源は「霊媒」と同じだから、 一種の「霊媒師」と言うこともできます。 |
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── | なるほど! | |
大竹 | あとね、これも私の持論なんだけど、 人間として色っぽくない人は、 写真はだめだと思うんです。 いい写真家ってやっぱり色気があるんですよ。 たとえ短時間の会話でも、色気の感じられない人は、 写真を見なくても結果が想像できます。 |
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── | それとは関係ないのかもしれませんが、 カメラマンって、モテますよね。 奥さまがすっごい美人だったり。 |
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大竹 | あ、そうですよ。モテますよー。 写真の原動力は「欲望」なんです。 それが撮ることに駆り立てている。 だから当然モテもするわけです。 |
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── | ファインダーをのぞくのは、ある意味、 のぞき見でもありますしね。 |
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大竹 | そう、のぞき見と欲望は不可分ですよね。 人間の中にある本能とか 原初的な記憶が引き出されて、 写真に定着したとき、 見た人は「おーっ!」となるわけです。 ふだん無意識でいるものが、視覚化されるから。 だから撮影者の気持ちの弾みが重要です。 弾んでなくてはダメです。 それが正直に写っていると、 見る人の心にズバッと入ってくるんです。 |
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── | 撮った人の心情が写真を介して伝わって、 自分もハッとするんでしょうね。 |
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大竹 | そう、そう。 それでそういう写真を見たときに、 この写真の何が心を弾ませているのかなあ、 と考えるのが、私、好きなんです。 |
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── | たとえば、どんなことを考えるんですか? | |
大竹 | 心弾む写真には、 どこかに未知の部分があるんです。 一般的な物の見方とはちがうものが感じられる。 |
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── | この写真はぱっと目をひいて、 最初はかわいいなって思うんですけど、 よく考えるとちょっと残酷で。 |
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大竹 | そうですよね。 ぶくぶくした白クマが、 ペタンコになって干されているおかしさ。 悲劇と滑稽さが同居してます。 |
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── | 後から知りましたが、 石川直樹さんの写真なんですね。 スコーンと抜けた青空や あっけらかんとした感じが彼らしいですよね。 |
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大竹 | 被写体をど真ん中で捉えて撮ってるでしょ。 それとね、この写真を成立させてるものは、 何だろうって考えるんですよ。 もちろん、この干された白クマも面白いんだけど、 やっぱりこの写真は 「距離」が決め手になっていると思います。 ちょっと後ろへ下がっても、 前に寄っても変わってしまう。 絶妙のバランスだと思いませんか? |
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── | うん、うん。 意識しませんでしたが、 被写体との距離は重要かもしれないですね。 |
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大竹 | 十文字美信さんのこれも、 「距離の写真」だと思います。 |
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── | あ、これ、いいですよねー! この写真、すっごく気になりました。 最初、白いシャツに目がいくので 全体の構造がよく分からないんですよ。 |
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大竹 | そう、そう。シャツの白さが目に飛び込んで、 ああ、おじさんが二人いるなと思って 視線を動かすと、 「あっ、手を握ってる! どうして?!」となる。 |
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── | おじさん同士で、身なりもキチンとしてる。 それでいて手を握るというより 押さえてるんですよね。 何か、鍵のようなものも見えるし‥‥。 どうしたんだろう? って不思議です。 |
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大竹 | 十文字さんご自身にもうかがいましたが、 何をしているところか分からなかったそうです。 |
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── | 撮影者にも判断がつかない光景なんですね。 | |
大竹 | 場所は分かってます。 滞在していたホテルのロビーだそうです。 そのホテルで‥‥ |
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── | 盗み撮りですね。 | |
大竹 | そう、ドアを開けたら この光景が目に飛び込んできたそうです。 これ以上近づいたら気づかれてしまうという ギリギリのところで、シャッターを押してます。 |
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── | 手元だけをアップにしたら 余計な意味が出ちゃうでしょうね。 |
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大竹 | そうですよね。逆に、 これより離れていたら風景写真になってしまう。 |
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── | そうですね、 とある一室の風景、みたいになってしまいますね。 |
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大竹 | でも、近づきすぎて気づかれたらおしまいだから、 ハラハラするような緊張感がありますよね。 見ている側も、撮影者と同じ場面にいて、 相手がこっちを向いたらどうしよう って思ってしまう。 写真を見るときはふつう、私たちは 安全な場所にいて眺めているわけだけれど、 そういう時空の壁がいとも簡単に崩されて、 目の前の日常と、写真の向こうの現実が つながってしまう。 この写真に惹かれる理由はそこだと思います。 |
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(続きます) | ||
2008-11-10-MON |