「競争」よりも「独占」を。
私の、この考え方は、
生い立ちと経験からきているところがあります。
私は、カリフォルニアの北部で育ちました。
非常に教育熱心で、競争の激しい環境です。
中学の2年の時の文集に、友人が
「君は絶対スタンフォード大学に4年以内に入学するよ」
と書いたことがありました。
実際、4年後、私はスタンフォード大学に入学しました。
しかし、目標としていた有名な大学に入ったあとも
そこでの競争が待っていました。
その数年後、
ニューヨークの著名な法律事務所に就職しました。
トーナメントの段階を勝ち抜くごとに、
競争がさらに厳しく、さらにクレイジーになっていきます。
就職したら、またつぎのトーナメントがはじまるんです。
その法律事務所は、奇妙な場所でした。
外にいるときは、みんなが入りたがるんですが、
実際に法律事務所にいる社員は、
そこから脱出したいと考えているんです。
私は7ヵ月と3日で辞めましたが、
そのとき廊下で会った人に、
「このアルカトラズから脱出できるなんて、
思いもしなかった」と言われました。
アルカトラズとは、カリフォルニアにあった
脱獄することが難しいことで有名な監獄です。
このクレイジーな刑務所のような法律事務所を
抜け出すなんて、という意味ですね。
でも、職場は、もちろんアルカトラズ刑務所とは違います。
職場から抜けるには、正面玄関から出て、
戻ってこなければいいだけなんですから。
しかし、誰もそれができなかったのです。
というのは、アイデンティティ、そして自尊心が、
長年の競争を通じて達成したものと
あまりにも不可分になっていて、
そこを実際に辞めることを思いつくことすら
できなくなっていたのです。
こうした力学がはたらいている分野は、
ほかにもいろいろあると思います。
ヘンリー・キッシンジャー
(大統領補佐官も勤めたアメリカの国際政治学者)が、
ハーバード大学の同僚教授たちについて語った
有名なことばがあります。
「学会での競争は非常に激しい。
なぜなら、競争の結果、
得るものが非常に少ないからだ」
これは非常に逆説的ですね。
厳しい競争と聞くと、とても大きな、
大切なものを巡る競争だと思ってしまいます。
ところが、じつはまったく
どうでもよいことを巡って激しく競い合ってる。
ハーバード大学の教授たちは
おかしいんじゃないか、という皮肉です。
この話は、ハーバードの揶揄に留まらず、
ある状況についての論理的な説明でもあります。
つまり、人々が、周囲の人たちと似た者どうしで、
差別化できない状況では、
競争というのは激化するのです。
一方、その競争でなにを得るかという重要性は
どんどん小さくなってしまうのです。
シェークスピアの時代から、
英語の「ape(エイプ)」、
つまりサルという言葉の意味は、
「霊長類のサル」と「モノマネ」という
ふたつの意味を持っていました。
つまり、ひとの本質のなかには
つねにマネるということがあったわけです。
両親をマネして言葉をおぼえ、
周りをマネして文化が広まる。
しかし、この「マネる」という行為は
多くの問題も生み出します。
周囲からの強い同調圧力、群集心理が高じて生み出す狂気。
サルのような、ヒツジのような行動は、
群衆の心理を生み出し、
バブルのような実体のない熱狂につながります。
ですから、私たちは、こうした圧力を押しのけるよう、
つねに気をつけていなくてはなりません。
これは、シリコンバレーでの
少々奇妙な現象なのですが、
シリコンバレーで成功している起業家の多くは、
社会に適合しているとは言い難い、
ちょっと変わった人が多いそうです。
この事実を裏返すと、
私たちのいまの社会全体を
批判的にとらえることができます。
つまり、私たちの社会は、
多くの常識的な人が社会にうまく適応しているために、
誰かが独創的なおもしろい考えを持ったとしても、
それが形を成す前に「やめよう」と暗黙のうちに
説得されてしまうような性質があるのではないか。
「そんな考えは奇抜すぎる」
「ちょっとおかしい」と思われてるようだから
言わないでおこう、
このアイディアはやめておいて
普通にレストランを開業しよう、というふうに、
社会からちょっとした「無言の圧力」を感じ取ってしまう。
いまは、そういう人たちが
中心になっている社会なんです。
とくに、アメリカでビジネススクールに
行くような人たちは、
シリコンバレーで成功している
ちょっと変わった経営者たちとは対極にある人たちです。
彼らは、非常に社交的ですが、あまり深い信念がなく、
2年間を温室のような環境で
同じような仲間といっしょに過ごし、
お互いにお互いのマネをしながら、
自分が何をしたいのか探し求めますが、
なかなかそれがつかめない。
そういう、自分たちの考えを持たない者どうしが
ビジネススクールで学んでいる。
ハーバード・ビジネススクールで行われた調査によると、
どの卒業学年においても、
いちばん人数の多かった進路は、
いちばん「間違っている」進路だったそうです。
彼らは、どういうわけか、
世の中の流れが終わりかけたタイミングで、
最後の波に乗ろうとするのです。
たとえば、1989年に多くの学生が
「ジャンクボンドの王」と言われた
マイケル・ミルケン(アメリカの投資銀行家)
のもとで働こうとしました。
その直後にミルケンは逮捕され、
すべてが崩壊してしまうわけですけれども。
また、ハーバードの人たちは
テクノロジーにはあまり関心をもっていませんでしたが、
1999年と2000年だけは例外でした。
その時期、多くの卒業生がシリコンバレーで
インターネット関連企業に就職を希望したのですが、
それはインターネットバブルの
終わりのタイミングにぴったり一致していました。
彼らがシリコンバレーに殺到したのは、
まさに終焉の象徴でした。
そして、その後の10年では、
不動産業界の人気が高まる、といった具合です。
私たちは、こういった力学に、
くれぐれも気をつけなければなりません。
いま、ビジネススクールの学生を
揶揄するような言い方をしましたけれども、
このワナには誰もが陥る危険があります。
テレビのコマーシャルを見て
信じてしまう人なんているのか、
などと馬鹿にするのは簡単ですけれども、
でも、私たちはみんな、
おどろくほど簡単に騙されてしまうわけです。
他の人ではなく、自分たちこそ、
こういったワナに陥る危険があるわけです。
(つづきます)