その8 その9 カラーフイルムの話──水を介して世界を写す。

 
Camera:Nikon F3 + Lens:Nikkor180mmf2.8
Film:Fujifilm PRO400

アフリカの草原の中で出会った一頭の子キリン。
通常、キリンは家族で行動するのですが、
この時は雨が降っていて、彼らは雨宿りをしていました。
おそらく最初に、この子キリンが、
このアカシアの樹の下に入って雨宿りをして、
さすがに親たちは、この樹の下には入れず、
近くの樹の下で雨宿りをしていました。
不安げな顔をしながら、カメラを見つめる子キリン。
それでもずっと見つめていると、
少しずつ、安心してきたようで、
その表情もゆるんできました。
そんな雨の中での向かい合っていたあの時の気配が、
フイルムの中に、しっかりと写っているような気がします。

 
 

前回、一度プリントをしてみて下さいという
お話しをしましたが、
デジタルとフイルムでは、当然のことながら、
プリントの方法も少し異なります。
そこで今回から2回にわけて
フイルムのことを話したいと思います。

まずカラーフイルムによる
写真プリントのお話しをします。

今「プリントをしましょう」と言うと、
インクジェットプリンターでの出力を
想像するひとが多いかもしれませんが、
インクジェットプリンターは、
どちらかというとデジタルカメラに特化しています。
カラーフイルムを使用したプリントの場合は、
一般的には「ネガカラープリント」を薦めます。
つい最近までカラープリントと言えば、
このネガカラープリントでした。
そう、写真屋さんやコンビニエンスストアなどに
フイルムを持って行くと、現像とプリントをしてくれた、
あの方法です。

もともとカラーフイルムには、
「ネガカラーフイルム」と
「リバーサルフイルム(ポジフイルム)」
という2種類があります。
「リバーサルフイルム(ポジフイルム)」は、
ぼくが子供の頃にはポピュラーで、
「スライド映写機」が家庭内にもあったりしました。
(かれこれ、40年も前のことになります。)
リバーサルフイルムは、その発色のよさから、
長きに渡り“印刷入稿用”として使用され、
そのため、デジタルが主流になるまでは、
「プロが使うフイルム」という印象もありました。
ぼく自身も、90年代に入って、
自身でネガカラープリントをやるようになるまで、
カラーでの仕事は、ほとんどが
リバーサルフイルムを使用していました。
しかし今では、プロの世界でもフイルムを使用する場合、
印刷技術の向上と、階調の豊かさから、
ほとんどがネガカラーフイルムへと変わって行きました。

いっぽう、一般家庭では一足先に、
ネガカラーフイルム中心の
カラー写真の世界が始まっていました。
その最大の理由は、フジフイルム社が
「フジカラーで写そう」というキャッチコピーと共に
「サービス判」と呼ばれる小さな写真プリントを打ち出し、
世の中に浸透させたことが大きな理由だと思います。
(それゆえ、この「プリント写真」=「サービス判」
 という文化は、もしかしたら、
 日本独特のものなのかもしれません。)



 
Camera:Konica Hexar
Film:Kodak VPS
写真集「青い魚」より

この写真は、映画「青い魚」のロケハン時に
沖縄の那覇にて、撮影したものです。
まず最初に、その映画の世界観を構築するために、
撮影監督であったぼくは、
那覇の街を、ぶらぶらと歩きながら撮影をして、
その後東京に戻って、その色世界を確かめるように
カラープリントを繰り返しました。
暗室の中で、もっとも気になっていたのは、
沖縄独特の、湿度を含んだ
しっとりとした色世界のことでした。
この小さな果物屋さんの果実たちも、
その湿度の中で、生き生きとして見えたことが、
とても印象的でした。

 
 

ぼくたちの写真の世界に彩りを与えてくれた
カラーフイルムによるカラー写真の役割は、
今ではすっかり、デジタルカメラに変わろうとしています。
そしてこれは、あくまでもぼく個人の主観ではありますが、
カラーフイルムによるカラープリントは、
発展途中のまま、開発が終わってしまった印象があります。
なにが発展途中なのか?
じつはフイルムによるカラー写真の世界には、
「黒」という色が具体的に存在していないのです。

ネガカラープリントの場合は、
(リバーサルフイルムからの
 「ダイレクトプリント」も含めて)
“R=赤”“G=緑”“B=青”という
3色の色を重ね合わせて黒を表現します。
そのため、プロは「黒が締まっていない」という
言い方をよくするのですが、
印象としてそれが本当の黒でないことを
感じてしまうのですね。
「写真は“光”と“影”」なんて言われたりするように、
“影の色”でもある黒は、
写真にとって、もっとも大切な色とさえ言えるのに、
その“黒”が、プリントの中に存在していないのですから、
なんとも、すっきりしない印象があるのです。
その点、インクジェットプリントには、
黒インクという“黒色”が、
実際に使用されているわけですから、
その黒はたしかに黒い。
そこには、これからの写真の大きな可能性を感じます。

それでも、カラーフイルムによるカラー写真は
ぼくの目には、まだまだとても魅力的に写ります。
その理由は、もともとフイルムというのは、
ベース面でもある“アセテート”に、
“感光乳剤”が塗布されたもの。
“乳剤”という言葉が示すように、
もともと水分を含んだもので作られています。
そして撮影後の“現像処理”という化学的処理においても、
水を使用します。
そのためだとぼくは思っているのですが、
写りの中に、確実に“湿度”を感じることが出来る。
地球は水に包まれていると言っても過言でないほどに、
人間も含めて、そのほとんどのものが水分を含んでいます。
そんな水分たっぷりの世界を写すには、
もともと水をたっぷり含んだフイルムというものは、
とても相性がいいのだとぼくは考えています。

「むかしはよかった」という話ではありません。
そのことを少しでも知ることで、あるいは感じることで、
デジタルカメラで撮影してインクジェットプリンターで
プリントをする時に、
役に立つヒントがたくさんあると思うのです。

デジタルカメラで撮っていて、そしてプリントしてみて、
「あれっ、なんか違うな」と思ったことはありませんか。
皆さんもよくご存じの「写ルンです」は
手軽にカラーフイルムで
カラー写真を試せるものがありますので、
是非一度、同じ場所で、デジタルカメラと一緒に、
「写ルンです」でも撮ってみて下さい。
(最近では、数百円で画像の入ったCDを
 同時に焼いてくれるサービスもありますので、
 それらの写真を比較してみるといいですよ。)
そこにある小さな違いこそが、
「いいプリント」を作る上での
最大のヒントになるのではないかと思っています。
そして、いい意味でも、わるい意味でも、
その写真の差異の中に、
もっとも大切な写真の秘密と言ってもいいのかもしれない、
などと思うほどの
「しっとりとしたあたたかさ」のようなものを
見つけることが出来るかもしれません。
このあたりの話は、
「写ルンです」の話を含めて、
近いうちに改めてご紹介したいと思っています。



 
Camera:MinoltaCLE Lens:M-Rokkor 40mmf2
Film:Kodak VPS

ぼくが大学に入学した1981年に発売された
「Minolta CLE」。
ライカMマウントのそのボディーは、とても格好よかった。
しかし学生のぼくにとっては高嶺の花だったのですが、
その後、大学を卒業して助手時代に、
発売が終了すると聞いて、思わず購入した思い出のカメラ。
付属のレンズもとてもキレがあって、よく写ります。
この写真も、沖縄のスコールの後の夕焼けですが、
日が当たったところから乾いて行くかのように、
シャドウ部もつぶれることなく、
しっかりと写ってくれました。

 
2013-10-31-THU
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