「それも、うちで一番おいしい料理のひとつだって
 答えておこうか」

店主がつぶやいたなぞめいたその一言が、
頭の片隅にずっと居座る。
もっとおいしいスクランブルエッグがあるんだろうか?
それともスクランブルエッグとは違った
隠れメニューみたいなモノがあるんだろうか?

そんな考えゴトをしていると、
一日なんかあっと言う間に過ぎてく。
本来、時差が一番厳しい3日目も
眠る暇なく終わってベッドに入る。
明日はあの店で何を食べるコトができるんだろう?
そう考えるとなかなか寝付けず、
寝返りうちつつボンヤリその店のコトを思いだします。
使い込まれて傷ついて、
けれどきれいに磨きこまれたテーブルや椅子。
床や柱にまで染み込んでいるんじゃないかしら‥‥、
って思うほどに豊かにただよう
スモークサーモンの脂の香り。
ぶっきらぼうだけど温かい笑顔がステキな店の人たち。
いろんなコトを思い出すと、
なんだか気持ちが温かになり、
なにより明日の朝もあそこにいけば
おいしいモノが食べられるんだ‥‥、
ってそう思ったらココロ穏やか。
眠りがストンと落ちてきた。

そして三日目。
チェックアウトの準備をすませて、
気軽な格好であの店にゆく。
来なれた道です、もう迷うこともない。
お腹をすかせて歩きながら、さて、どう言って
おいしい朝ご飯を注文すればいいんだろう?
と、思案する。
とは言え一人で考えたって、
ロクなアイディアなんて出てこない。
えい、ままよ!
ってノーアイディアで、すべりこむ。

昨日のテーブル、昨日のウェイター。
まるでボクが今日もやって来るコトを知っていて、
手ぐすね引いて待ってたように彼はすかさず、
ボクの横にたち、「Nice weather!」と挨拶します。
そして今日は何をしてさしあげましょうと、
ニッコリとしてボクの答えをジッと待つ。

試験を受けるがごとき緊張。
何をどう、注文すればいいのか答えがなかなか浮かばず、
それでまずはオレンジジュースとコーヒーもらって、
思案の時間を少々もらう。

周りの様子を観察します。
一昨日、そして昨日と同じく、
冷たいベーグルサンドを頬ばる
遠くからの来場者以外はみんな、
スクランブルエッグを食べている。
みんな同じ。
あれをくださいと、
また指さして注文するしかないのかなぁ‥‥、
と思いながらもジッとみてると
気づかなかったコトに気づいた。

同じようにみえたスクランブルエッグが、
みんな違った色をしている。
茶色みがかって焦げて見えたり、
オレンジ色をしていたり。
どれ一つとして同じ色合いに見えぬような気がして、
そうか‥‥、とウェイターに合図をします。
そしてこう言う。

スモークサーモンのスクランブルエッグを
頂きたいのだけれど、
昨日食べたのはちょっとボクには
甘すぎたように思うのですね。
お腹がシャキッと、
一口で目を覚ますようなスクランブルエッグを
作っていただきたいのだけれど。

彼の笑顔が一際、大きく明るくなって、
次の瞬間、きりりと真剣な表情になる。
そして自分の店のスクランブルエッグの秘密を
語りはじめます。

うちのスクランブルエッグは
一切調味料を使っていない。
甘みはタマネギ。
塩味とコクはスモークサーモン。
食材だけで味を作り出しているんだ。
良くソテしたタマネギは甘みが強く、
軽く炒めたタマネギはサッパリとした甘みに仕上がる。
スモークサーモンは種類によって
脂ののりと塩の強さが変化する。
昨日のあれは、甘みをタップリ引き出した
焦げる寸前のタマネギに、
塩味控え目に軽くスモークした鮭を使ったモノだった。

なるほど、確かにとても甘くて香ばしく、
まるでオニオングラタンスープのような
香りがしたのを思い出す。
宙をみながら昨日のコトを反芻しているボクの耳元に、
そっと耳打ち。

あのじぃさまは、
お医者様から塩控え目の食事をするよう
厳重注意されてるものでネ。
だから塩味の代わりに
甘みで味を出すようにしているんだよ。

そして再び背筋を伸ばしてよく通る声で、
ボクに朝のサジェスチョン。

塩をきかせて強めに燻製をかけたロックスサーモンが、
今朝のオススメ。
オニオンは軽くソテして甘みを出さず、
シャケの香りを活かして作るが、どうするかい?

それを食べずにボクはニューヨークを去ることなんか
出来ないなぁ‥‥、ってそのとき思った。
もし飛行機を乗り過ごようなコトがあっても、
それ、食べるんだ。
ありがたいコトに時間はまだまだタップリある。
「あなたのコトを信頼して‥‥」
と答えるボクに彼はゴッツイ右手を突き出して、
二人は握手をする人となる。
これでめでたくボクはココの今日一番にありつける。
ほっとしたのもつかの間、彼はボクの横から動かない。
チップをねだっているワケじゃなし。
どうしたんだろうと、
見上げるボクに彼はまたまた質問をする。

今朝のベーグルを選んでもらわなくちゃ、
注文を厨房の中に通せないんだ。
小さな声でそう言って、
続けて一気に早口に用意してあるベーグルの種類を
ボクに説明しはじめる。

まずプレーンベーグル。
でもそれは退屈な銀行家のために
用意しているモノだかから、Not for sale。
ブルーベリーやオレンジベーグルもあるけれど、
今朝の料理にはあわないなぁ‥‥。
ポピーシードがオニオンベーグルが
人気のあるしオススメなのだけれども、
どちらがいいかというとだなぁ‥‥。

とそこでちょっと間を置いて、
ユッタリとしたスピードでボクの顔をみながら
彼は続けます。

あなたが注文したオムレツを、
より美味しくさせるには
焦げた玉ねぎの甘い匂いがあるといいんだが‥‥。
だから‥‥。
お、そ、ら、く‥‥。

なるほどそうか。
ボクは合点して、「オニオンベーグル!」と
大きな声で彼に告げます。
ボクの口が「オ」を発音するために大きく開くと同時に、
彼も、オニオンベーグルと声に出す。
二人の声はユニゾンになり、
今朝の注文がめでたく終わる。
パーフェクト!
と背中をむけて厨房の方に向かう彼にボクは一言。
もし可能だったら、
そのベーグルをよく焼いてもらえますか?
彼はパッとふりかえり、笑顔とともに
「ベリー・ニューヨーカー」と親指たてて答えます。

ワクワクします。
ワクワクしながら待ちながら、
ボクはこの店でした3回の注文のコトを思い出しつつ
整理します。

最初ボクは、
「町の人がその店で有名というモノ」を選んで食べます。
それはそれでおいしかった。
けれど、お店の人にとってボクはただの
「その他大勢のお客の一人」。
レストランという劇場の舞台の上を遠くから、
ただ眺めている傍観者の一人でしかなかったのです。

そして二日目。
「おなじみさんが食べてるモノ」を味わいやっと、
芝居をたのしむ流儀を学び
今日の演目のあらすじを教わり楽しむ準備ができた。

そして今日。
この「お店の人が今、一番食べてほしいモノ」を教わり、
しかもそこに「ほんの少しのボクの趣味を加えたモノ」を
作ってもらうコトが叶った。
芝居に正しい合いの手をいれ、
まるで舞台の一部のようになるたのしさを今朝は学んだ。

そしてボクの料理が来ます。
「Enjoy your special!」の一言と共に、
ボクの目の前に「ボクが一番おいしく感じるであろう
ボクのスペシャル」がやってきた。
昨日のスクランブルエッグよりも赤みがかって
香りも濃厚。

おいしかったね。
それは本当においしかった。
塩のうま味に脂の風味、
それらをジャマせぬソテオニオンのなめらかさ。
しかもスクランブルエッグそのものが持たぬ甘みを、
ベーグルの上のオニオンチップがおぎなって、
ほどよき味になるんですよネ。
まさにお腹の中から目を覚ましてくれる鮮やかな味。
ただその実際の味わい以上に、
なぜこのようにおいしくできているのかと言う理由を
知って食べるおいしさ。
そして何より、
自分がおいしいと思うようにできてるシアワセ。
それはそれは格別でした。

3度通って手に入れた
「ボクのためのスペシャル料理」。
それはそのまま、
ボクがココのスペシャルなお客様になった
証なんだと思ったら、
ウレシさつのって、それからずっと長い付き合い。
ボクの店。





2010-12-02-THU
 

© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN