年の瀬とはせわしないもの。
大掃除やら、新しい年の準備やらと体も忙しければ、
なにより気持ちがせわしない。
今から35年前の年末。
ボクたち家族は、
新しい生活に向けての準備を粛々と進めていました。
父が事業に失敗し、家を処分し、
家の中にあったモノで買い手のつくものが
引き取られていく。
その年のボクたちの12月は、
見慣れたモノ、使い慣れたモノがひとつ、
またひとつと目の前から姿を消していく
12月だったのです。
もともとモノに対する執着心があまりない一家でもあり、
愛着のあるモノとは言え、それらもいつかは壊れたり、
使えなくなってしまうもの。
だから不思議とツライとは思わなかった。
普段使っていた身の回りのモノ。
洋服だったり、勉強道具、食器や本のような
他人にとって値打ちを計れぬものは手元に残った、
ということが寂しさを紛らせてくれた
というコトもあったのでしょう。
ただ、ピアノがなくなってしまったときの
妹たちの切なそうな表情と、
自分で設計までして作ったキッチンを、
もう使えないのにずっと磨いている母の後ろ姿が、
見てるボクまで哀しくさせた。
年越しの日、大晦日。
今日を最後にボクらのモノではなくなってしまう、
ほとんどすべてが無くなった抜け殻のような広い家。
持ち出せるモノをすべてダンボール箱とカバンに詰めて
掃除を終えた時には、すっかり日が落ち暗くなってた。
晩ご飯の時間です。
大晦日といえば年越し蕎麦。
床の上にはテーブルコンロとやかんが一個。
そして人数分のカップに入ったインスタント蕎麦。
今日の午後にはガスも電気も水道も、止められていて
何かをつくろうにも作ることができない状態。
自分たちが食べる野菜くらいは自分たちで育てたい、
という父の気持ちで
ボクらの家はかなり田舎にありました。
ちょっと車で走れば食堂もあったのでしょうけど、
車も今はもうなくて、それでせめてもと用意をしていた
精一杯の晩ご飯。
お湯を沸かします。
一人一個のカップを手にし、フィルムを破いて
ペリッと蓋をめくって中に
粉末スープをパラリと入れます。
5人分のお湯を沸かすには時間がかかる。
水道がとまる前に注いでおいた、ヤカンの中の水は
必要以上に冷たくなってて、
しかもコンロのガスの火はなさけないほど弱々しくて。
お湯が沸くのをボクらはぼんやり、
ガスの火をみて無言で待った。
母がそっと立ち上がります。
向かっていった先は多分、台所。
ツライんだろうなぁ‥‥。
哀しいコトや悔しいトキがあったとき、
母が気持ちを落ち着けるために閉じこもった場所は
いつも決まって台所。
今日も多分、そうなんだろう。
ボクらははじめて、寂しくなった。
ヤカンがシュシュッと白い蒸気を吐き出し始め、
そろそろお湯が沸く合図。
妹が、おかぁさんを呼んでこようかと
立ち上がろうとする、
それを父は静止して
蕎麦ができたら呼びにいけばいい‥‥、と。
カップに次々、お湯を注いで蓋をして、
腕時計の針が5分ぶんだけ
動き終わるのをじっと見ていた。
あと4分。
あと3分と、父の声だけがときおり響く。
あと1分というその寸前に、
リビングルームのドアがあき、母が戻ってやってきた。
手には丼。
ボクらがいつもうどんや蕎麦をたべる時につかってた、
丼を手に床に座って
その丼にやかんに残ったお湯を注いで温める。
持ち出すために確かダンボール箱に入れたはず。
それを探して取り出すために、
母はこの場を離れたのでしょう。
よし出来上がり、という父の言葉を合図に
ボクらは丼の、中のお湯をやかんに捨てて
あったまった丼にカップの中の蕎麦を移した。
それは当然、インスタントの蕎麦でしかなかったけれど、
ボクらの手の中にある丼は
ボクらのシアワセをずっと守ってくれていたいつもの丼。
いただきますと、誰からともなく声が続いて、
蕎麦をすすった。
明日はみんな離れ離れの夜でした。
父は仕事を探すため、田舎を飛び出し東京に行く。
妹たちは母と一緒に、母の実家をたよって引越し、
ボクはひとりで下宿をしながら
しばらく田舎の学校に行く。
その最後の夜の、しかもその年最後の食事が、
ただのカップ麺ではなかったコトが
ボクらの気持ちを豊かにさせた。
蕎麦をユックリたぐって食べて、
お腹がユックリ温まっていく。
丼越しに伝わってくる、やさしい温度。
不思議と笑顔が顔に浮かんで、
どんなコトがあっても
こうしてご飯を味わう気持ちがあるうちは、
まだ大丈夫とみんな思った。
丼の中の汁一滴まで、みんなはキレイに飲み干して、
やかんのお湯で軽くゆすいだ。
その丼をちょっと前まで包んでた
新聞紙にてキレイに拭い、
それをその日の思い出にって
一人が一個、持ってそのままボクらは別れた。
荷物を積んだトラックが、母と妹を遠くに運ぶ。
ボクは下宿をさせてもらう、ばあやさんの迎えの車で。
父はそのままその家で、翌日待つため一人残った。
ボクが高校1年の冬。
今となっては、ステキな思い出。
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