支配人のサインが一番下に添えてあり、
ああ、ありがたいなぁ‥‥と、手紙を畳み、
さて、荷解きでもしようかと
ベッドルームに向かおうとした。
まさにそのとき。
ドアをノックする音がする。
荷物はとっくに届いているのに、
一体、どうしたコトだろう‥‥、
とドアを開けるとそこにはリッコ。
音一つたてずに、優雅にボクの部屋に入ってくる
彼の左手には銀のトレー。
そこにはカップと2つのポット。
「長旅、お疲れさまでございました」
と言いながら、ボクの目の前で
ミルクティーを作って注ぐ。
アールグレイの香りがします。
こうしてミスターサカキのお世話をしたくはあるのですが、
今日はペントハウスがとてもにぎやかになりそうなモノで、
まもなくおいとましなくては‥‥。
そう言うリッコの横顔に、
なんだか胸がつまるような気持ちになって、
手を洗ってくるからとボクはバスルームに急いで駆け込む。
洗面台の上には氷をタップリたたえたグラスに
ヴィッテルの瓶。
大きな鏡の前にはボーズのCDプレイヤーが置かれてて、
もしやと思ってプレイボタンを押すと
「トスカ」がはじまった。
これこそが奇跡なんだ‥‥、とボクは思った。
ペントハウススイートに偶然泊まれたコトではなくて、
その出来事をキッカケに、
ボクが「記憶されるにふさわしい人」であると
認められたコト。
そしてこうして、あたかも半年前のあの出来事があたかも
昨日のコトであるかのように、再びくりかえされる。
リッコにお礼をしようと思い、
バスルームを出ようとしたちょうどそのとき。
「Oh my goodness」とリッコの声が聞こえます。
場所はボクのベッドルームから。
覗いてみると、
ボクの荷物をワードローブに
移そうとしてくれたのでしょう。
開けたスーツケースの前にリッコはたってた。
そしてボクにこう言います。
「ミスターサカキは執事をお雇いになったのですか?」と。
この前のステイ以来、
スーツケースをいつ開けられても
恥ずかしくないように、
キレイにパッキングするようにしたんです。
たった半年の試行錯誤で、
こんな上手にできるようになった。
とは言え、今日、またリッコに
スーツケースを開けてもらうまで
この特技も宝の持ち腐れでしたけど‥‥。
そしてボクらはどちらからともなく、握手をしました。
握手をする、ボクの右手は50ドル紙幣を握りしめ、
それをサッとリッコの手の中に残して引いた。
ちょっと気持ちが高揚してた。
思いがけずの再会と、
期待以上の出来事にボクは50ドルを
リッコに渡して感謝の気持ちを表そうとしたのです。
ところがリッコは、その50ドルを受け取らない。
私がしたコトに比べてこれは、
いかにも「too much」と彼は断る。
そうだった‥‥。
過ぎたるコトは下品なコト。
ボクは思い直して、
50ドル紙幣を10ドル紙幣に持ち替えて、
再び彼に握手をもとめる。
「You are too kind, sir」
とリッコはしきりに恐縮しながら、
強くボクの手を握り返して
その10ドルは彼の手の中に残って消えた。
すべてのものにはほどよき落とし所という場所があり、
そこを互いに見つけるコトが、
もてなし上手、
もてなされ上手になるというコトなんだなぁ‥‥、
と、そのとき思った。
良き思い出でありました。
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