ボクらのレストランではひとテーブルを、
必ず訳ありテーブルとして
予約を取らずに開けておくというルールを作った。
その訳ありのテーブルは、
大抵、季節によって決まっていました。
冬になると風通しが良すぎて、
小一時間もすると体が芯から冷えてしまいそうな
入り口脇の窓際の席。
夏には逆に、厨房脇で汗が止まらぬ蒸し暑い席。
ワザワザ予約をとってまでお越しになるお客様を
案内するにしのびなく、
予約を取らぬ「訳ありテーブル」として
ボクらはそっととっておいた。

余程のコトが無い限り、
その訳ありテーブルが使われることはありませんでした。
お客様の代わりに、お花を置いたり、
時にキャンドルを灯してみたりと、
不思議なコトに忙しいお店の中にひとつだけ、
お客様を待っている風情のテーブルがあるのは
ホッと、心がなごむようでもあった。
ときおり、それでもお客様がいらっしゃいます。
予約を持たずやってくる人。
例えば、冬の街歩きの途中でボクらのお店をみつけて、
あいてますか? と聞くはじめての人。
予約のお席はみんな埋まっておりまして。
実は、ひとつだけテーブルが残ってはいるんですけど、
とっても寒い席なんですよ。
そう言うと、ほとんどの人は、
じゃぁ、いいですってお帰りになる。
けれど、それでもいいですよ‥‥、と、
ニッコリしながらお店に入っていらっしゃるコトがある。
そんな人には、もう、大サービスです。
体を温めるためのお茶をポットでサービスします。
ポットと言っても普通の陶器のティーポットでは
役にも立たず、魔法瓶にタップリ、
上等のプーアール茶を入れて置く。
体があたたまる料理をメインに、なるべく速く。
どこのテーブルよりも最優先で料理をお出しして、
体は冷えてもお腹が冷えることなきようにを心がけて、
一生懸命。
訳ありテーブルをワザワザ選んでいただける、
お客様にこそ最上級のサービスをという気持ちが
ちょっとでも伝われば、そのお客様はかけがえのない、
ボクらのレストランのよき理解者に
なってくれるのだろうと思って、笑顔で一生懸命。
大抵、次の予約を頂戴できるのですね。
今度は最高のテーブルを用意していただけますか? と。

そうした「訳ありテーブル」の存在は、
そのうちおなじみのお客様の知るところとなる。
例の好々爺氏なんて、ニコニコしながらお店にきて、
「今日はどんな訳ありなんだ?」と、
その訳ありに立ち向かう気満々で声、かける。
「今日はその訳ありももう埋まりました」というと、
本当にうれしそうに、
「それは良かった、あなたの店も本物だね、
 いやぁ、良かった」
と我がことのように喜びながら帰られる。
電話で「今日の訳ありの席はどんな席?」
と聞いてくる人もたまにいました。
そんなときには簡単に、今日の訳ありを説明し、
最後に一言、こうつけくわえます。
「そんな訳でご予約に値しない席でございます、
 もしお越しになって、まだその席が残っていて
 ご納得いただけるのであれば
 ご案内することもできますが‥‥」と。
期せずして、ボクたちの訳ありテーブルは、
早い者勝ちの開かれたテーブルになったのでした。

ただときおり、前回も書きましたように、
予期せぬ訳ありテーブルが
生まれてしまうコトがあります。
せっかく予約をしていただいたのに、
そのテーブルが予約に値せぬ
テーブルになってしまうとき。
申し訳なくも、大変な出来事ですがときおりおこる。
どんな事件かということをを説明する前にまず今一度
「レストランを予約する」ということを
ちょっとまとめてみようと思います。
寄り道ですが‥‥。






レストランの予約をするというコト。

それは1時間とか2時間の
ステキな時間を手に入れるための、
チケットを手配するのと同じコト。
そしてこのチケットには、
自由席と指定席の2種類がある。
ちょうど映画館のチケット同じように‥‥、です。

かつて映画館には、劇場のど真ん中。
一番、観やすい場所に白いカバーのかかった場所に、
「指定席」と呼ばれる席がうやうやしくも用意されてた。
ほとんどの場合、そこに座る人の数はとても少ない。
開演ギリギリの時間に行っても
必ず座れるという安心感と、
快適に映画をたのしむために余計にお金を使えるという
優越感を手に入れるため指定席を買う人はいた。
あるいはよほど人気があって、
立ち見がでるような映画のときには、
どうしようもなく指定席を選ぶようなコトもあった。
けれど大抵、自由席で十分映画はたのしめるもの。
案外、指定席の後ろの列にある自由席が、
一番上席だったりもして、徐々に
「追加料金までとって売る指定席」を売る劇場の数は
減っていきました。

飲食店でいえば例えば、
VIP用の個室をいかがですか? と、
ルームチャージをおねだりする店。
あるいはクリスマスのような誰もが
こぞって外食したがる時期に限って、
特別メニューだけになっております、と
人の足元をみるような店。
どちらも「お金」ですべてが解決される。
だからそうしたお店を予約するというコトに
「創意工夫」は必要がなく、
しかもみんなに愛されるようなお店でもない。
だから徐々にそうしたお店の数は少なくなりはじめてる。
なんだか映画館と飲食店って、似ているなぁ‥‥、
って思います。

映画館の世界では、シネマコンプレックスが主流になって
ほとんどの映画館が全席指定。
誰もがちょっと工夫をしたり、
他の人より入念に準備をしさえすれば
「良い席」を手に入れることが
できるようになったのですネ。
指定席制でなくても大抵が定員制で、
映画を観るときに座ってみるコトが
当たり前になりました。
こういう環境で、大切なのは、
「自分にとっての良い席」とは一体どういう席かが、
はっきりしているかどうかというコト。
目の前がスクリーンで一杯になる劇場の
前の方の客席を好む人もいるでしょう。
右側に出る字幕を自然に目で追える、
左寄りの席を選んで座る人もいる。
一番後ろの客席で、劇場にいる他の観客の反応をみながら
映画を観るのが好きな、
ボクみたいなへそまがりさんもいるかもしれない。
人それぞれに良い席があり、
自分の好みの席を選んで予約ができる。
それが、シネコン式の全席指定の映画館の
ステキなところ。
自らのこだわりをもって選んで買ったチケットこそが
「自発的な指定席」。
自分の座る場所に対して特別のこだわりのない人は、
当日、ふらっと劇場にいき、
残った席から良さそうなところを選んで買えばいい。
そのチケットは、「偶然手にした指定席」。
つまり、「シネコン時代の自由席」だと、
ボクは思うことにしています。




レストランの予約をするとき。
例えばはじめていくお店でも、
一生懸命「指定席」を予約しようとしているなぁ‥‥、
と感じるお客様がいらっしゃる。
落ち着いた席をいただけませんか?
もし厨房の様子を感じるコトができるようであれば、
そんなテーブルを頂戴したいんですけれど‥‥、
というようなリクエスト。
来店が二度目以降であるならば、もっと単刀直入に、
先日、利用させていただいた
入り口近くの明るいテーブル。
そうテーブルを指定されるお客様もいる。
レストランに来る目的や、気持ち、
あるいはお客様自身の好みのような、
そのお客様にとって良いテーブルを
選んで差し上げることができるヒントが
細やかであればあるほど、
お店の人の予約を受ける手にも力が入るもの。
その日に予約をしていただけるさまざまなお客様の希望を
ジグソーパズルのように客席表に書きこんでいく。
中には、その日は食事がたのしめさえすれば
どこに座ろうが頓着しないよ‥‥。
つまり、「自由席でいいんだよ」って言う
ありがたいお客様も出てきたりして、
パズルの一片一片が埋まっていくんです。
そして最後のワンピース。
それがピタリとハマったときのうれしさったら、
ありゃしない。
あぁ、これでこの日にいらっしゃるお客様のシアワセは、
ほぼ8割方、達成されたと言っても
過言じゃないってホッとする。
それほど、お客様にどこに座っていただくかというのは
大切なコト。

ただ、いつもは最高の席なんだけどその日に限って、
とんでもない席になってしまうコトがある。
例えばこんな、映画館での出来事です。



2011-06-16-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN