それからの彼のテキパキぶりは情熱的ですらありました。
驚くほどのスピードで、
テーブルの上にウェッジウッドの食器に、
マッピンウェブがナイフフォークがズラッと並ぶ。
焼けたスコーン。
陶器のポットにクロテッドクリームや、
何種類かのジャムがタップリ。
そして紅茶がテキパキと、みるみるうちに用意されてく。
紅茶はダージリンでご用意しました。
かなり熱めに入れてございます。
といいつつ彼は、まずはカップに紅茶を注ぐ。
赤みを帯びた濃い色で、
酔っ払ってしまうほどに芳醇な香りがたちのぼってくる。
先にミルクを入れることを
好まれる方もいらっしゃいます。
しなしながら、本日の茶葉はまことに香りがよろしくて、
しかもミルクもかなり上等なモノ。
ですからまずは紅茶の香りをたのしんでいいただき、
そしてミルクをちょっと注いでいただけませぬか?
言われる通りにミルクをそっとたらしてやると、
驚いたことにミルクはストンと紅茶の中に沈んでしまう。
それからユラユラ、小さな渦を作りながら
ユックリ湧いて上がってくる。
まるでコンデンスミルクのように濃厚で、
ポッテリとしたミルクだからなのでしょう。
その味わいは格別で、思わず
「紅茶って、こんなにおいしい飲み物だったのですね」
とつぶやく。
英国の紳士には、紅茶だけは必ず自分で‥‥、
とおっしゃる方もかなりいらっしゃるモノですから、
紅茶をお入れるのは緊張します。
お口にあわれたようで、うれしい限り。
それではしばらくご無礼します‥‥、
とギャレーに戻る。
ボクはひとりで、アフターヌーンティー。
そのとき、ボクのテーブルは
到着前の一足先のロンドンになる。
自分の食べたいものだけ、食べたいときにやってくる。
これがファーストクラスなんだなぁ‥‥、
と思ってユッタリ、お茶を飲みつつ、
このコトを今日の夕食の話のタネにしてやろう。
それにしてもいい経験をさせてもらったなぁ‥‥、
とニンマリしてたら、
サッと小さなお皿が差し出されます。
一口大のサンドイッチ。
「ローストビーフをフィンガーサンドにいたしました、
アフターヌーンティーの二皿目でございます」
と彼の声。
英国風に薄切りにしたサンドイッチブレッドをよく焼き、
それがカサカサ前歯をくすぐるようで、
それにムッチリ、ローストビーフ。
ホースラディッシュをタップリまぜたマヨネーズに、
グレービーが少々混じる、
思わず、お替り! と大声あげてしまいそうなほどに
おいしいサンドイッチ。
紅茶の差し湯をご用意しましたと、
銀のポットに沸かしたお湯を
紅茶のポットにそっと注いで、
お気に召していただけましたか? ‥‥、と。
これが英国式のおもてなしというコトですか?
他のエアラインとまるで違って感じて、
ボクはとても感激しました‥‥、
と答えるボクはかなり興奮気味だったのでしょう。
英国航空をご利用になるのは
はじめてでらっしゃるのですか? と聞くパーサー氏。
今回のこのフライトとなった顛末を、
ボクは簡単に説明します。
そして、ボクはこのファーストクラスのサービスは、
すばらしいと思いました。
残念ながら料理をたのしむ余裕もなく、
寝てばかりではありましたけど、
ずっと見守られているっていう感じがステキで、
うれしかったと気持ちを伝える。
彼は言います。
ビジネスクラスは、私たちが考える
良いサービスをたのしんでいただく空間で、
ファーストクラスは、
お客様にとっての良いサービスを
私たちが実現させていただく空間なのだと
我々は思っております‥‥、と。
そして着陸態勢に入る寸前。
シートベルトのサインがポンッとなった直後に、
彼がそっと近づいてきて
「お邪魔でなければ‥‥」
と、クロスで器用にくるんだシャンパンのボトルを一本。
お休みだった間、
乗務員の私たちが楽をさせていただきました。
もっとサービスをさせていただければよかったのですが、
申し訳ないと思う気持ちに変えまして、
ホテルででもおたしみいただければと存じます。
ブリーフケースとともに、
シャンパンの瓶を小脇に抱えて通関するボク。
「オナラブルゲストになられたということは、
すばらしいフライトをたのしまれたというコトですな」
と。
出迎えに来てくれたクライアント氏たちが、
ボクのその姿をみてうれしそうに言う。
「Honorable Guest」
名誉ある搭乗者とでも訳しますか。
その日のフライトで印象に残るステキなお客様に
乗務員が何かプレゼントをする、という習慣が、
かつて欧米のエアラインにはあって、
感謝のプレゼントはそのときどきで当然変わる。
その日のボクが、幸運なことに手にしたシャンパンは、
かなり貴重なビンテージモノ。
「食事をしながら、そのシャンパンの話を
まずは聞かせていただけませんか?」
そしてボクらは車にのって、
さっそく街に移動をしました。
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