会合のためにやってきたスーツをパリッと着こなした人。
作業服の人。
ジーパンにジャケットで仕事ができる自由な人たち。
地下鉄が近くの駅につくごとに、
お店の前がにぎやかになり、
人が次々、お店の中にやってくる。
お店に入って来た人たちは迷わず自然と行列をなし、
自分の注文をオヤジさんの前で告げる。
その注文を聞き逃さぬよう、注意して聞き、
お釣りの準備をするのがボクの役割。

ホットドッグをひとつと聞けば、
エプロンのポケットの中に手を入れ
25セントコインを一枚にぎる。
1ドル紙幣と交換に、25セントを
「Thank you」って言いながら差し出しニッコリ。
ありがたいことに、ボクが受け取るべき代金は
ホットドッグの分だけで、
飲み物は自動販売機がお店の中に置かれてて、
セルフサービスでお客さんがとっていく。
ひとりですべてをこなすために
試行錯誤して出来上がった店なんでしょう。
その自動販売機を背に立つボクから、
お釣りをもらうと2人にひとりの割合で、
ゴトゴトガタンとコーラの瓶が落ちてぶつかる音がする。

それにしても見事な手際で次々、
ホットドッグが作られていきます。
ソーセージを鉄板の上で転がして、
パンを開いてジューッと押し付け
焦げたソーセージを挟んでどうぞと、揺るがぬ手仕事。
ボクの前にやってくる人の手の中のホットドッグは
どれもが同じで、当然のコトなんだけれど
人の手がこんな仕事を軽々とやってのけるというコトに
感心します。
まぁ、感心ばかりしていては自分の仕事ができぬので、
その感心もほどほどにボクは、
お客様の手の中にあるホットドッグの種類に
本数を確認しながら、お釣りをわたす。




お店を開けて10分もすると本格的に、
お客様が増えてくる。
当然、オヤジさんの
ホットドッグを作る速度はフルスピードで、
ボクはただただ自分の仕事に必死になった。
気づけばおそらく厳しい表情をしていたのでしょう‥‥。
歯を食いしばり、当然、
「サンキュー」の声も出なくなっていた。
お客様の手元をみるだけ‥‥、
顔をみてニッコリする余裕なんてまるでなくして
ただただ作業をこなしてた。

しわくちゃでゴツイ左手が2ドル紙幣を差し出します。
右手にはホットドッグが3本ある。
お釣りは25セントだなぁ‥‥、と。
銀色のコインを一枚、差し出そうとしたらば
低い声が言います。

「Good Morning, Mr. Bending Machine」。

おはよう、自動販売機!
ボクはハッとして顔をあげると、
目の前に白い髭を蓄えたおじぃさんが立っていた。
ジーパン、Tシャツ、そしてジャンパー。
がっしりとした骨格で、
オレはずっとこの腕一本で生きてきたんだ‥‥、
って感じのシャンっとした老人。
まだ現役なんでしょう。
爪の間に黒いオイルが染み込んでいて、
これから仕事に向かう途中なのでありましょう。
笑顔がとてもステキでボクは思わず、
「グッドモーニング」と言っていた。

「おやおや、最近の自動販売機は
 挨拶もするようにできているんだ」
とビックリした表情をするものだから、ボクはニッコリ。
「ええ、メイドインジャパンですから優秀です」
って、言い返す。
「Oh, you are SONY Boy?」
って大げさに驚く仕草をしながら
そして、ひときわ大きな声で笑ってこういいます。
「Keep change for you smile」。
お前の笑顔に免じて、お釣りはいらない、
とっておけ‥‥、と。

なるほどこれがボクの今朝の仕事なんだ。
お金を払い、お釣りを受け取るだけならば、
相手がマシンで十分だけど、
ココロとココロを通わせて料理をたのしく味わうために、
ボクがこうして立っている。
そう思ったら、ボクはお釣りのコトよりも
目の前に次々やってくる人の表情だったり、
ネクタイだったりヘアースタイルが気になって、
何かひとこと言ってあげよう。
朝の気持ちを明るくさせてあげようと、
思うと仕事がどんどんたのしくなっていく。

「ありがとうございます」
と言ってしまうとそれで会話は終わるのです。
「Nice Tie!」。
ステキなネクタイですネというと、
「ありがとう」とか
「ブルックスブラザーズなんだ」と会話が続いてく。
しかも小さなお店の出来事です。
ボクがお客さんと今した会話を他の人達も聞いている。
だから同じ挨拶や言葉を
続けて話すことなんてできない訳です。
自動販売機じゃないんだから。
相手が喜びそうなコトを考え、そして喋らなくちゃ‥‥、
ってボクはますますたのしくなってく。

たのしい仕事は自然と人を笑顔にさせる。
笑う門には福来るです。
かなりの人が「お釣りはいいよ」と
いってくれるようになる。
ファストフード。
セルフサービスのお店でチップを払うなんて‥‥、
ボクはお釣りはいいよと言ってもらいながら
不思議な気持ちになりました




そもそもチップという習慣。
狩猟民族的な習慣。
例えば農耕民族のDNAのある日本人は、
人は定住性が高くて自然、顔見知りになるでしょう‥‥。
だからチップなんか払わなくても、
何度も通って馴染みになれば
自然といいサービスがうけられるようになるんだよ。
それに比べて、ずっと移動をすることが
仕事のような人たちは
そこのお店に二度と来ないかもしれない生活。
だからその場で、
良いサービスを買わなくっちゃいけなくなる。
それがチップという制度。
‥‥、ってそんなコトを昔、なんかの本で読んでた。

つまりチップというのは
「良いサービスを買うためのモノ」。
あるいは「自分の虚栄心を満足させるためのモノ」。
ならばボクが今立っている、
こんなお店にはまるで必要ないもの。
けれどチップというモノには
「ありがとうの言葉の代わり」
という役割もあるんだなぁ‥‥、と。
常連をなのる近所のおじさんなんて、
「ここのホットドッグは本当に旨い。
 しかも安くて本当にありがたいって言いたいんだけど、
 このオヤジ。いつも忙しそうだし仏頂面で、
 だからチップをありがとうの代わりに
 おいていくんだよ。
 しかも今朝は君の笑顔とウレシイ一言。
 ラッキーデーだな、ありがとう」と。
チリチーズドッグを1本買って、
だから1ドル15セント。
2ドル紙幣を差し出して、お釣りはいいよ‥‥、
と帰ってく。

ニッコリしながらお客様の方を見て、
喜ぶことを考えてする。
そうすればどんどん自分の仕事‥‥、
つまりお釣りを計算して渡すという作業が
楽になっていく。
いいこと学んだ、ありがたい。

それにしてもそのおじさんが手にしたチリチーズドッグ。
チリビーンズとチーズがタップリのっているのだけど、
ちょっと変わった乗っかり方をしているのです。
普通のお店のチリビーンズは、
ソーセージの上に満遍なく、
端から端まで一直線に乗せられている。
なのにココのは、
ポツンポツンと等間隔に隙間をあけて乗せられている。
ショートケーキの上にホイップクリームが、
ポツンポツンと搾り出されているような不思議な姿に、
なぜなんだろう‥‥。
このおじさんのチリドッグだけじゃなく、
これがココのお店の流儀。
何か意味があるんだろうか?‥‥、って。
開店してからほぼ2時間ほどたち、
そろそろお客様も落ち着き始めた。
オヤジさんに理由を聞いてみようかと、思っていたら、
あのお客様の姿が見える。
ホットドッグを食べる師匠がこちらに近づいてくる‥‥、
さて、来週に謎解き一気にいたしましょう。


2012-03-22-THU

© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN