それにしてもなんでボクに
こんなチャンスをくれたんだろう?
今日、はじめてやってきた、
どこの誰とも分からぬ日本の坊やになんで?

そのコトばかりが一日頭に貼りついて、
それでも友人の会社を訪ねたり
気になるお店をのぞきにいったりと、
それなりに忙しく一日過ごした。
そしてアパートに帰ったとき。

「ミスターサカキ、明日は朝から大忙しですな!」

そう声のする方をみると、
そこにはアパートの管理人をしている陽気なおじさん。
この界隈のビルの管理を手広く手がけている
名物おじさんで、ボクの住んでいるアパートの
向かい側の小さな家に住んでいる。
ポーランドから子供の頃にやってきて、
親子二代でこの家を買い、今は一族郎党で住んでいる。
そんな話を自慢げに、聞いたものでありました。
そのオジサンの髭面笑顔をみて、あっと思った。
ホットドッグ屋のご主人にとても似ている。
ただこのおじさんはいつもニコニコ、
今朝会ったホットドッグ氏は仏頂面で、
似ていると思わなかっただけだったんだ。
「もしかして‥‥?」というボクに、
双子なんだ。
奴は弟。
ヤツの作るソーセージはローワーマンハッタン1。
何しろ、ソーセージっていうのは
ポーランド人に作らせるのが一番なんだ。
寿司は日本人が作って
はじめて寿司になるのと同じように、
ソーセージはポーランド人が作ってこそ
一人前のソーセージになる。
その旨いソーセージに目をつけたお前さんの直感、
なかなかなもんだ。
‥‥、と、そう言います。

なるほど、ホットドッグ屋のおやじさんは、
このおしゃべり好きなお兄さんから
ボクのコトを聞いていたのに違いない。
何度か知らずにすれ違っていたのかもしれないなぁ‥‥。
それで明日のコトを合点した。

ところでなんで、明日は大忙しになるんですか?
とそう聞くボクに、彼はニンマリ。
あの店の裏にアメリカを代表する
とある会社の本部があって、
月に一回、全国から幹部社員が集まって会議をする。
1000人近い人間が午前10時を目指して
どっと押し寄せ、9時から30分くらいは
あの店は戦場みたいになるんだ‥‥、と。
会社の名前は確かにボクも知っている。
エリートと呼ばれる人たちが集まる会社で、
その人達が月に一回、
あのホットドッグを食べるのをたのしみにしながら
ニューヨークまでやってくるんだぜ‥‥、と。
彼は鼻高々に言い放ち、ぽんっとボクの背中を叩く。
明日はせいぜい、がんばってな‥‥、と。

うーむ、スゴいコトになっちゃった。
ボクは何をすればいいんだろう‥‥。
ホットドッグを次々、作ればいいんだろうか‥‥、
それとも汚れたお店を掃除すればいいのか?
考えれば考えるほど、頭の中が騒々しくなり
それでお酒をあおって眠った。
朝6時。
目覚ましがなるずっと前に目が覚めて、
どうにもこうにも落ち着かず
それでボクは7時に部屋をでて店に向かった。
ついた時間は7時半。
開店時間は8時半というのに
もうお店の中には煌々と明かりがついてて、
そこでホットドッグの仕込みがすでにはじまっていた。




まずは掃除をと思って店をながめると、もうピカピカで
いつお客様が入っても恥ずかしくない状態で、
おじさん何時に起きたんだろう‥‥、と。
ボンヤリしてたら「おはよう」と低い声と一緒に
黒い布の塊を手渡されます.
ズッシリ重い。
テーブルの上に置くと
ザザッと石がこすれ合うような鈍い音がする。
グルグル巻きにされた布。
ユックリ開いていくとそれは大きなエプロン。
いくつものポケットが前に縫いつけられてて、
そこにコインやお札がズッシリ入ってた。

つり銭用のエプロンだった。
なるほど、今日のボクの仕事は
お金を受け取りつり銭をわたすという作業。
ジロッとボクを見つめたオジサン。
「日本人は計算が得意だろう‥‥」
と言って、小さなメモ帳と鉛筆一本、ボクに手渡す。

まずはつり銭の確認です。
1セント、5セント、10セント。
一番多いのは25セント硬貨で
それに、50セントと1ドル紙幣が続いた。
お金の種類ごとに枚数を勘定して、
全部で100ドルくらいもありましたか。
確認結果を紙に書き、オヤジさんに見せると
「So quick, smart boy」
と、目を薄めながらほんの少しだけニッコリします。
今日一日のパートナーとして、
まずは合格というコトでしょう。

ホットドッグ1本が75セント。
2本目からは50セントで、
だから2本買うと1ドル25セント。
3本だと1ドル75セントになる。
なるほど、あのかっこいい紳士は
毎日1ドル75セント払って食べているんだと、
勝手に推察。
チリをかけると99セント。
チーズをのせても99セント。
両方のせてチリチーズドッグにすると
1ドル15セントになる。

チリドッグを2本買ったら
99セント×2から25セントを引いて
1ドル73セントでいいんですか?

そう聞くボクに「Good boy!」とお褒めの言葉。
けれど顔は真剣で、
さっきからずっとソーセージを焼き続けている。
大きな鉄板の上に並んだソーセージは、
ざっと数えて300本ほどもありましたか‥‥。
すごい数ですネ‥‥、というと、今日は特別。
これが1時間足らずで売れるのだという。
こりゃ、大変だ。
10秒に1本の割合ということは、
ほぼ10秒に1回の頻度でお金を受け取り
お釣りを渡さなくちゃいけないわけで、
しかも組み合わせによってお釣りが変わるこの煩雑を
どうこなそうかと緊張します。
それにしても1セント硬貨があまりに少なく、
それもどうしようか不安に感じる。




緊張していたのが伝わったのでしょう。
オレは苦手だけど、ニコニコしてれば
それだけ坊やの仕事は楽になると思うよ。
だからニコニコしていなさい‥‥、と。
それからこっちに来いよ、と厨房の中にボクを呼びます。

鉄板の上にズラッと並んだソーセージ。
オモシロイコトに右半分はコンガリ焼けてて
焦げ目がついて、なのに左側半分は
汗をかいてる程度の焼け方。
この鉄板の右半分が高温で、左半分は弱火なんだ。
左側でユックリ時間をかけて中まで熱をとおして、
それをパンに挟む直前に
右側の高温の鉄板でカリッと表面を焦がして焼く。
だからうちのは旨いんだ‥‥、と。
食べてみるかと言って一本、
指でつまんでひょいと渡した。
手にしたソーセージの熱いこと。
驚き、それでパクリと食べると
中から驚くほどに多くの肉汁がほとばしりでて唇を焼く。
しかもたくさんの肉汁が、口で受け止めきらずに
タラッと服を汚した。
もったいない。
なによりそれは熱々で、舌がビックリ。
味わうどころの騒ぎじゃなかった。

まだ熱々で、指ではさむのも辛いよな‥‥、
と思っていたらパンをそっと差し出し
そこにそれを置きなさいと。
ソーセージを直でつままずパン越しに、
その温かを感じるシアワセ。
そしてカプリとパンと一緒に齧ると
ほどよく温度が馴染み、
ほとばしり出る肉汁を受け止めもれなくたのしめる。
なるほどこれがホットドッグの正体なんだ。

ホットドッグはお行儀悪い料理じゃない。
ソーセージを手で行儀よく食べ、
たのしむための料理なんだと
そのときはじめてボクは知る。

さぁ、8時半。
お店の前にはもうお客様が待っている。


2012-03-15-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN