それからしばらく、スマートに支払いをするゲームが
ボクらの間でひそかに流行った。
オトコ3名、レディーが1人。
服にポケットのような手回り品を収納するに適したモノを
そもそももたぬレディーは審査員の役割で、
ルールをみんなでまず考える。

プライベートな財布は全部、カバンの中へ。
クロークに預けるコトができないときは床に置くか、
ブリーフケースのようなカバンは椅子と背中の間に置く。
背筋が伸びて、これがまず、かっこよかったりするのです。
必要と思われるものをズボンのポケット。
あるいは、ジャケットの腰のポケット。
小さくて薄い財布なら、
ジャケットの胸ポケットに入れてもいいんじゃない?
って言うと、エマが一言。

ジャケットのポケットに手を入れるなんて、
まるでピストルを出してるみたい。

ピシャリといって、なるほどそうだ。
レストランにおいて、テーブルから上の位置に
手をなるべく置かないようにすれば、
立ち居振る舞いは洗練されて見えるもの。
料理が目の前にあるときは、当然、両手はテーブルの上。
ワイングラスや飲み物を口に運ぶときにも、手は必要。
けれど料理もないのに。
喉も乾いていないのに。
手がテーブルの上に登場するのは
たいてい退屈をしている証拠。
腕時計の時間を読む。
肘をつく。
必要もないのにワイングラスの底を手で持ち、
グルグル回す、通ぶったあの仕草ですら、
退屈をたのしむ仕草にみえて、
あまり行儀のよいモノじゃない。
やたらオーバーアクションに
両手を会話に参加させるような仕草も、
レストランの空気を乱す。
だからなるべく手はテーブルの下に。
支払いという、
テーブルの上にほとんどなんにもない状態で、
胸に手をやりそこから財布を取り出すなんて、
ちょっと興ざめ。
いかにもこれから金を払うぞ‥‥、
って感じがするのがエレガントじゃない。






テーブルから下で
必要なモノが格納されているようにしましょうよ‥‥、
と、それでそれぞれ工夫を凝らす。
まずはポケットを分厚くせぬよう、
今日がどのくらいの予算だろうか?
事前に、情報収集にいそしんだりする。
予約もせずにフラッと入ったお店では、
入り口の雰囲気や外観からみて予算を推測。
レストランのドアをあけたらゲームはスタートするから
どこか、近所のホテルのトイレのような場所で
お金をプライベートな財布から、
パブリックな財布へうつす。
ついでに鏡の中の自分をチェックし、
準備をととのえお店にはいる。
メニューを出されて、気軽に見えたお店が
実はなかなかの曲者で、
おどろくような値段の料理が並んでいたりすると
みんなで、やられたな‥‥、と。
今日はドローにしようよなんて、結構たのしい。

料理は自分が食べたモノの値段を払う。
割り勘じゃない、個人精算。
けれどワインはみんなで均等割にするのが
ボクらのルールで、だからたのんだワイン次第で
支払う金額がかわってしまう。
自分の手持ちの金額を言うのはご法度。
だから互いが、あいての予算を推察しながら
ほどよい落とし所をみつけて注文をすすめていく。
親しい間柄だからこその、
スリリングにしておいしいゲーム。

さてお勘定というときに、プライベートな財布を披露。
それから割り勘金額を計算して、
誰か足りない人が一人でも出たらみんなの負け。
なんでこんなコトになってしまったんだろう‥‥、
ってお店をかえて反省会をたのしく催す。
割り勘のテーブルというのは、
互いが互いの財布をいたわり、
思いやることができないと
みんながハッピーになれないモノ。
だから誰かひとりでも哀しい思いをしたら
その日の食事は完璧とはいえないですから。






いつもフォアグラをメニューに見ると必ずたのむ人が、
なんで今日は注文しないんだろう。
あぁ、あれは今日の予算を
少なめに見積もったというコトの、
無言のメッセージだったんだなぁ‥‥、
なんでそれに気づかなかったんだろう。
いつもより、ワイングラスを持ち上げるペースが
なんで遅いんだろう。
テーブルの上は社交の場。
社交は相互理解からはじまるんだということを、
学ぶゲームだったワケです。

ちなみに割り勘額の2倍以上を持っていたら、
その人は負け。
そんなにお金を払いたいのなら
2軒目のバーでみんなのファーストドリンクを
おごってちょうだい。
みんながめでたくパブリックな財布の中身で
支払うことができたらお祝い。
結局、勝敗がどう転んでも
みんなで飲みにバーにでかけるコトになるのが
ボクららしいところだったりしたのだけれど、
そのようにしてボクのパブリック用の財布は
みるみるうちに鍛え上げられていく。
お札を数枚。
「出かけるときには忘れずに」
で有名なクレジットカードが1枚と、
お店の人にてわたすためのネームカードが数枚だけ。
ネームカードは裏はブランク。
メッセージを書き込めるようにというのが理由で
そうしたんだけど、
一番登場の機会が多かったのが計算のとき。
日本人は計算が上手なんだよね‥‥、
って自分にもそのDNAが脈々と息づいているはずのケンに言われて、
たいてい割り勘計算はボクの仕事。
だからネームカードの裏側が、計算場所になっていた。
ネームカードにはボクの名前と、メールアドレス。
当時、はじまったばかりの「@AOL」の
ボクのIDを書いておいた。
それを手渡し
交換にお店の人の名刺をもらうなんてコトに重宝してた。






そして今、ボクのパブリック用の財布は
ほとんどそのときの財布の中身と同じ内容。
違っているのはネームカードのアドレスが、
「@gmail」のものに変わったコトと、
それにくわえてFacebookとLINEのIDが
くわわったくらいじゃないかな。
それで十分。
ズボンのポケットに入れても邪魔にならないサイズの
薄い財布にそれらをおさめて、
特別のときにしか必要とせぬモノは
もう一つの財布に入れて、胸ポケットかカバンの中へ。
バーにおいてこうしたスタイルの威力は抜群‥‥、
そして意外とパーティーなどに行くと
これまたスマートにふるまえるのです。

荷物は持たず、片手にお酒のグラスをもって、
もう片方の手は誰かと握手をするためあけておく。
背筋をしゃんと伸ばしてネ。
オトコの値打ちはクレジットカードの色や枚数じゃなくて、
笑顔と握力、そして胸の厚さなんだよ。
とそう言いながら、女性はその点、大変だね‥‥。
手ぶらでバーやパーティーに行くのが難しい装いだから、
と実はそのゲームの最中にエマにつぶやいたことがある。

何をあなた言ってるの。
手ぶらじゃないから女性はバーやパーティーで、
うつくしくふるまうことができるんだって
教えてあげるわ‥‥、って不敵に笑う。
さて、来週に続きます。

2012-11-15-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN