レストランのウェイティングバー。
そのカウンターの前に立って、お酒を注文。
そのお酒とひきかえに、
ポケットに手を突っ込んで無造作にお札を取り出し、
ササッと支払う。
お釣りの中のお札だけをポケットに。
コインはそのままカウンターの上に残してニッコリ。
ありがとう! と、その場をスマートに去って、
ソファに座って飲み物を飲む。

片手にグラスをもったまま。
だから、お金の支払を片手ですませる。
それがバーのような場所でかっこうよくふるまう条件。
だからお金はズボンのポケットに裸か、
せいぜいマネークリップに挟んでおさめる。

そこまで格好をつけなくても、
胸ポケットから財布を取り出すより、
ズボンのポケットにおさまる程度の財布を
そっと取り出す方が、動作が小さくさりげない。
ましてや財布をカバンに入れて取り出しお金を払うなんて、
やっぱりあんまり格好良くない。
そう思って、財布の中身を鍛えて
スリムにしようとするのだけれど、
気を抜くとクレジットカードやメンバーシップやIDカード、
知らない間に増えていく領収書なんかで
財布はどんどん膨れてく。

どうすればかっこよくふるまえるんだろう‥‥、
と思ったときに、
昔、会ったかっこいい人のコトを思い出す。






ボクがやっていたチャイニーズレストランのお客様。
若い人がオープンさせたばかりのお店に、
クレジットカードの手数料を負担させるのは申し訳ないと
現金払いにこだわるご贔屓のおじぃちゃま。
スーツやジャケットは肩がこるから苦手なんだと、
カーディガンを愛用されてる。
だから上着にポケットがなく、
身の回りのものを入れるためなんでしょう、
たいていその手には大ぶりの印伝の巾着がある。
手首にしっかり、引き紐を回すようにして持ってきたのを、
席に着くなり「預かっておいて!」とボクに手渡す。
手元にそれをおけるよう、
ベンチチェアーのお席におかえいたしましょうか?
と、聞くとニッコリ。

タバコが中に入ってるんだ。
ここにいる時だけは、タバコや仕事のコトは忘れたいから、
手帳やタバコは店に預ける。
食事をじっくりたのしみたいんだ‥‥、と。
それもそうかとお預かりして、食事が終わる。
お勘定の伝票をわたすと、おじぃちゃま。
ズボンのポケットに手を突っ込んで、お金を払う。
お釣りを出します。
1890円のランチであれば、2000円頂いて
当然のごとくおつりは110円。
おじぃちゃまはそれをそのままテーブルの上に残したまま、
オゴチソウさまと席をたつ。
お釣りをお忘れですというと、
小銭入れを持ってないから、おいてくよ‥‥、って。
いえいえ、申し訳ないですからといおいかけると、
「オレを粋なおじぃちゃんにさせてといてくれよ」
って、手を振りながら去っていく。

来る度、おじぃちゃまは小銭入れをいつも忘れて、
コインはいつもチップ代わりに
ボクらの手元に残っていった。





あるときのこと。
夜にひとりでいらっしゃり、
今日はいいことがあったんだ‥‥、と。
シャンパンを一本、開けられる。
シャンパンっていうのは1杯目がおいしいんだよ。
だから残りは君等におごりだ‥‥、と、
ボトルを返し、白いワインのグラスに変える。
それからグラスは赤に変わって、
このボルドーはおいしいね、と。
赤をお替り。
ちょっと、お過ぎでらっしゃいませんか?
といいながらも、ワインを3回ほども交換しましたか。
そろそろ、おいとましましょうと勘定書きを請求します。

その金額をみて、苦笑交じりに
「サカキさん、ワタシの巾着袋をとってくれんかね」と。
そして巾着袋を開けると、今日は散財しちゃったなぁ‥‥、
と中から財布。
二つ折りのお札がたくさんはいる財布で、
中にはカードがズラッとならぶ
見るからに「ワタシはお金持ちでございます」
と言ってるような立派な財布。
そこから2枚、お札を取り出し、
差し出しながらすぐにパタンと財布を閉じる。
そして、ひとりごとのようにこうつぶやきます。

いつもレストランでは予算を決めて、
その予算内でたのしもうと思ってるんだ。
その予算の分だけ、ズボンのポケットにお金を入れて。
今日はあまりに気持ちよかったから、
ワインが過ぎて放蕩しちゃった‥‥、と。






少々の贅沢ならばお金を気にすることなくたのしめる。
けれど、金を払えばどんなおいしいものでも、
よいサービスでも手に入れることができるって、
あぐらをかくと、
嫌なお客さんになってくような気がするんだ。
あらかじめ予算を決める。
その予算の中で、
どれだけたのしい食事をすることができるか
工夫するのがたのしいんだ。
注意深く料理や酒を選んだり、
お店の人の意見を真剣に聞くようになる。
食べたいものも、今日はちょっと我慢して、
次にきたときのたのしみにしようとか。
予算より安くたのしめたときには、
おいしい以上にうれしいし、
今日みたいに予算を上回ったときには、
ちょっと調子にのってしまったと目利きの悪さを戒める。
自分はそうやって、
レストランとの付き合い方を学んできたんだ‥‥、と。

それに、財布というフライベートなモノを、
無防備にレストランという
パブリックな場所でさらけ出すのも
なんだか下品に思ってネ‥‥、と。
なるほど、プライベートな財布と、パブリックな財布。
そのふたつを正しく使いこなすことが
できればいいんだ‥‥、と、そのとき思う。
その話をニューヨークの友人たちにしたら、
それはなかなかに粋な話。
ボクらもひとつ、そのおじぃちゃまに負けぬ
粋なお客様になってやろうじゃないかと
おいしい企みをする。
さて、来週に続きます。



2012-11-08-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN