アメリカでぼんやりしていると、
小銭がどんどんたまります。
1ドル99セントとか、2ドル88セントとか、
日本以上に端数価格が好きな上、
州によって消費税が違ったりする。
25セント、10セント、5セント、1セントと
4種類の硬貨があって、この10セントと5セントが
色もサイズもよく似てる。
唯一色違いの茶色い1セント硬貨が
小さいくせして重たくて。
これがたまると財布がどんどん重たくなってく。
ちょっとでも減らしてやろうと、
例えば5ドル38セントの買い物に10ドル札を1枚と、
1セント硬貨を3枚。
どうぞと手渡すと、ちょっと考えて、
これはいらないからってコインはそのまま受け取らず結局、
4ドル62セントのお釣りが戻ってきたりする。
暗算が苦手な人が多いから、面倒なコトをするなよ‥‥、
って具合にどんどん硬貨が増える。
日本だったら自動販売機という
コインを飲み込んでくれる魔法の箱が
街のそこここに待ってくれていて、
余分な小銭をいろんな商品に交換できる。
相手は機械で、だから必要分のコインを数えて投入するのに
どれだけ時間をかけても文句は言わないし、
機械のこっち側であたふたしているボクらも
決して恥ずかしくはない。
けれどアメリカ。
そんな便利な魔法の箱は滅多になくて、
それで結局、コインを貯めこむことになる。

貯めこむ場所は当然、財布。






日本の財布はとても丈夫にできてるのです。
しかも便利に。
カードスロットや小銭入れ。
レシートをいれるためのスペースと
何からなにまで全部キレイに
飲み込んでくれるようにできてて、
だから気づくとズッシリ重たく、
ジャケットのポケットなんかじゃ
支えきれなくなってしまう。
ズボンのポケットにも当然、入らず、
それで結局、サイドバッグに入れて
運ばなくちゃいけなくなる。

海外にいて、日本の男性をみて、
滑稽に感じることがよくあります。
ハンドルのついた小さな
ハンドバッグのようなカバンを手にして歩く。
あのおじさんは一体、
誰のハンドバッグをもっているのか‥‥。
まるで子供用のカバンのようで、
まさかあれが男性用のカバンだとは誰も思わず、笑われる。

クラッチバッグと称する小さなバッグ。
本来、女性がポケットのないドレスを着て
小脇にかかえるためのバッグ。
そもそも脇の下にカバンを挟んで歩くという、
その習慣は女性にしかなく
大の男がそんなコトをして歩くのをみると
なんだか女々しく見える。
しかも男性用と称して日本で売られている、
それらほとんどが欧米人の目には
「トイレタリーケース」のように見えもする。
つまり、中にはシェイバーだとか
シャンプーが入っていそうに思えてしまう。
そこからなぜだか大きな財布がでてくるのです。
この人、なんだか不思議だなぁ‥‥、ってことになる。
それがどうこうってコトではないけど、
得するかというと、決して得にはならないでしょう。

例えば、レストランで食事をすませ、
さぁ、お勘定というときに、
洗面道具が入っているようにしか思えぬカバンを
テーブルの上にドサッとおいて、
そこから大きく膨らんだ財布を出してお金を払う。
なんて不恰好。
スマートじゃない。
なによりお店の人はこんなふうに思うでしょうネ。

この人、こんなにたくさん、小銭をためこんで
チップを払う習慣のない人かしら? って。






日本では、使わなくてはなくならない小銭。
アメリカでは、もらわなければたまることがない小銭。
いつものニューススタンドで88セントの朝刊を買って、
1ドル紙幣を手渡して、お釣りはいいよ。
いい一日をと、ニッコリできるジェントルメンの証明が、
小銭を貯めこむことがないスリムな財布。

実際、アメリカのボクの友人の中には
財布らしきモノを持たぬ人が何人もいた。
お札を数枚。
それにクレジットカードがやはり数枚入れば
それで役目が果たせる程度の小さな財布。
中にはクレジットカードを芯にして、
お札をグルンとくるむようにして、
輪ゴムでパチンととめて財布の代わりにする
猛者もいたりした。
コインはズボンのポケットの中。
普段使わないクレジットカードや高額紙幣は、
ドライバーズライセンスを入れるパースか、
手帳におさめて
持ち歩かないコトすらあるんだっていう人ばかり。

だって全財産を持って歩くようなコトをしたら
無用心でしょうがない。
それに表面がザラザラしているアメリカのお札は、
財布の中で数えるよりも裸で手に持ち、
一枚一枚、めくるようにして数えて支払う方が正確で、
スマートだったりするのです。






実はボクもアメリカで生活をするようになって、
一番最初に友人に指摘されたのが、
「シンイチロウはお金を払うときにモタモタしすぎる」
というコトで、その原因がやっぱり財布。
当時、典型的なA型几帳面気質丸出しの
仕切りやポケットがたくさんついた、
コインケース付きの三つ折財布をボクは持ってた。
しかもベルクロでカバーを留めるタイプだったから、
開けるたびにベリベリ凄い音が鳴り響く。
プレッピーなんて言葉が日本では当時流行ってて、
そうしたカジュアルで機能的に思えるモノが
おしゃれと信じていたのであります。
ただ、日本で
「アメリカの若い人たちは
 みんなこんな財布を持っているんだ」
って思い込んでいた財布を、
ボクの周りでは誰も使っちゃいなかった。

だって、そんなのキャンプをしたり、
どんなことが起こるかわからない
長旅なんかに出かけるときに持ってくもんだ。
まぁ、平和な日本からアメリカにやってきた君にとっては
ココはどこでも
アウトドアみたいなものかもしれないけれどな‥‥、
って笑われる。
何が必要で、何が必要じゃないのか
財布の中身を整理しようじゃないかと言われて、
ひっくり返して全部を出してみたらば爆笑。
アメリカでは使うことができない
日本の百貨店のハウスカードやら、
有効期限の切れたフィットネスクラブの会員証とか。
これじゃぁ、財布と言うよりも
君の「思い出のファイルブック」のようだねぇ‥‥、って。

日常的に必要なモノ。
100ドル足らずの紙幣にコイン。
若輩者にしてなぜだか奇跡的に審査が通過してしまった、
アメリカンエキスプレスの金色カードと、
身分証明証がありさえすれば、
日常生活に支障はきたさず、なんとでもなる。
ならば大げさな財布は不必要。
思い出のファイルブックの役目を果たす、手帳をひとつ。
そしてマネークリップがあればいいんじゃないか、
というので、
ボクは手帳とマネークリップを買うことにした。
これがボクがアメリカで、初めて買ったモノだったわけ。

ニューススタンドでガムを買ったり雑誌を買ったり。
タクシーに乗った代金を払ったり。
ちょっとした支払いをするたび
大きな財布を出さずにすむ快適に、
ボクはしばしウットリしました。
そしてなにより、ボクのそうした支払う姿が、
映画でずっと見慣れてた
アメリカの人たちの立ち居振る舞いに限りなく近く思えて、
再びウットリ。
そしてそうした格好良さが、
最大限に引き出されるのがバーという場所。

さて来週にいたしましょ。



2012-11-01-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN