シンイチロウ。
来週の水曜日の夜。
特別なスケジュールがないようだったら
ワタシをパーティーにエスコートしてくださらないかしら。

エマからそんな誘いを受ける。

セントラルパークの西側に住んでるお金持ちたち御用達の、
投資銀行が新しい本店ビルを作ったの。
そのお披露目をかねてレセプションがあって、
招待されてる。
クライアント用のサロンを、
「あの」レストランのシェフが
マネジメントしているらしい。
企画会社の広報を担当していると、
いろんなレセプションの招待状がやってくる。
銀行のオープンレセプションなんて
まるで関心がないけれど、
そのサロンだけでも見てみたいかなぁ‥‥、って。
退屈なおじさんばかりがいそうな気がして、
一人で行く気がしないのよね。
だからお願い、付き合って!

「あの」レストランというのは、
4人で行けば4人のウェイターがぴたりとかしずき、
ミネラルウォーター一杯に
シャンパン並の値段がついているというので有名な店。
その店でシェフをするということは、
すなわちアメリカのフランス料理界を代表するに
等しいとさえ言われる名店でもあるレストラン。
予約とることすらむつかしい、
そんなお店のシェフが関与しているサロンって、
一体どんなものなんだろうと、それを見てみたくはあった。
けれど、堅苦しいのは勘弁だからと、
ボクは断るつもりで聞いてた。

どんなお料理が出るかはわからないけど、
モエ・エ・シャンドンが100ケース、
そこのセラーに運び込まれたって噂があるの。
それって魅力的じゃない?

なんとそれは聞き捨てならん。
当然、レセプションにはシャンパンがふるまわれるはず。
それにあわせて、「あの」レストランのシェフが
何かを準備するとしたらば、行かなきゃ痛恨。
「その日は特別用事もないし、
 ボクでよければ付き合うよ」と。






ただ、どんな装いが
そうした晴れがましいレセプションにふさわしいのか。
それがわからず、エマに聞く。

ちょっと上等のスーツ。
高級過ぎない、今まで仕事をしていましたという風情で。
カバンは持たず。
コートもはおらず。
まだ仕事の途中ででてきました‥‥、って装いならば、
レセプションがつまらなかったときの
いとまごいの理由になるから、張り切り過ぎず。
財布はあなたが鍛えた
「パブリック用の財布」ひとつで十分だわ。
名刺をたっぷり。
それからあなた。
いい時計を持っていたわよね‥‥、
クラシックで賢そうな腕時計。
それをしてらっしゃい‥‥、
と矢継ぎ早に、指示に近しい答えがかえる。

靴はどうすればいいのかなぁ‥‥?

ホテルやレストランと違うから、
誰もあなたの足元なんてみないはず。
お辞儀じゃなくて、握手をするのがパーティーだから、
靴にこだわるよりもオトコはネクタイ。
靴は履き心地がよくて、キレイに磨き上げられたもの。
会話に詰まって、目を足元に落としたときに
汚れた靴が目に入ったら、あぁ、この人とはこれ以上、
話をするだけ無駄なんだ‥‥、って思われかねない。
だからピカピカに磨いておけば、どんな靴でも大丈夫。
それだけいうと、あとはよろしく、お願いね‥‥、って。

そして当日。
やってきたその日の彼女は見上げるほどに、背が高かった。
シャネル・スーツの足元は、高いヒールで
「人には靴に気合をいれるなっていいながら、
 君はスゴいの履いてくるんだネ」と。
皮肉交じりにいうとピシャリと。
「ネクタイをできない代わりに、
 胸元をなるべく上に持ちあげたいの‥‥、
 だからカカトをギュッと上げなきゃ負けなのよ」
と、なるほど女性にとってのハイヒールって、
戦う意志の現れなのかと即座に納得。
白髪にキレイに整えられた髭をたくわえたドアマンに
「お待ちいたしておりました」
と案内されて入ったレセプションホールには、
すでに100人近くのジェントルメンが
シャンパン片手に談笑している。






泡で満たされたシャンパングラスを
トレイにのせたウェイターが近づいてきて、
どうぞ! と目配せ。
何気なく、右手でグラスを持ち上げようとするボクに
エマが、エヘンと一言。

右手は握手をするときのために、あけておかなくちゃ。
グラスは左手。
ガラスの足の付け根を持って、
肘を曲げると自然と
グラスの頭の部分が胸のところにくるでしょう‥‥。
胸元がキラキラ、華やいでオトコの胸が立派に見える。
しかも左手にした時計が袖口から自然に覗いて、
これが会話のキッカケになったりするのよ‥‥、
いいでしょう? って。

そういう彼女。
ショルダーストラップの付かない小さなバッグをひとつ。
そこに名刺や財布などの身の回りの物をおさめて、
小脇に抱える。
そしてその手でシャンパングラスをそっと持つ。
これがなんとも、優雅で凛々しい。
脇をギュッとしめているから、
自然と背筋がしゃんとのび、
しかも胸がグイッと前にせり出すように主張する。

酒を飲む場で女性は隙を見せぬもの。
隙は脇から忍び込む。
だからギュッと脇をひきしめ、
凛々しくスクッと立っていなくちゃ。
信頼出来る男性が近づいてきてくれたときに、
そっと脇をゆるめて彼の腕を受け入れる‥‥、
エスコートされる瞬間、緊張から開放される。
その姿がまたうつくしかったりするモノなのよ。

なるほど、小さなバッグひとつが見事な役割を果たす。
さて来週は、腕時計とシャンパングラスが
いい脇役を果たす話といたしましょう。




 
2012-11-29-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN