レストランをたのしむコトに関しては、
ある程度の知識と経験を自分は持ってる。
アメリカに来るまでずっとそう思ってた。
実際、いろいろ教わるコトはあったけれども、
お客様とお店の人とのコミュニケーションでなりたっている
レストランというその構造は、
日本もアメリカもそのままで、
だからそれほど苦労をすることもなかった。

けれど‥‥。

レセプションやパーティーという場所。
当然、おもてなしの主役としてふるまう
ホストやホステスという役割の人はいるけれど、
そこに招かれた人同士がふれあい、
もてなし合う特別な場所。
日本ではあまりそうした場所に身をおく機会がなくて、
それで経験不足。
パーティーをためしめるようになって
はじめて、ニューヨーカー。
パーティーを自分で主催して、
「ステキなパーティーだったよね」
と褒められるようになってはじめて、
ステキなニューヨーカーになれるんだから、
今日はシッカリ勉強しなさい! と。
シャンパン片手に、エマはボクにレクチャーをする。

「パーティーを成功させようと思ったら、
 まずその主催者は“誰を呼ぶか”を一生懸命、考えるの」






知り合いばかりを集めるパーティーは面白くない。
この人とこの人が出会うと、
何かたのしいコトがおきるんじゃないかなぁ‥‥、と。
そう思われる人たちを、引き合わせることができると、
そのパーティーはステキな出会いの場所になる。
人と人とが出会うことで生まれるエネルギーが、
パーティーという場所をキラキラさせるのですネ。
そのキラキラを一層華やかにキラキラさせる飲み物が、
グラスの中のシャンパーニュ。

「だからパーティーでは、
 どこかにキラキラした出会いがあるに違いないと思って、
 まず会場をじっくり観察すること。
 そうだとしたら、
 一カ所にとどまって
 立ち尽くすようなコトはできない相談。
 だから履きなれた靴を履く。
 とは言え、ひとりひとりが
 名札をつけているワケじゃない。
 交流会とか勉強会のあとの
 懇親会とは違うんだから(笑)」

出会っていきなり名刺をだして、
「ワタクシ、これこれこう言うものでございます」
と自己紹介をするのも無粋。
まず、ありきたりな会話をしながら、自分は何者で、
今日は何を目的にここにいるのかということをさりげなく、
自然に伝える。
それが「社交のはじまり」の儀式であって、
その会話のキッカケが必要になる。

グラスを持った左手の袖口から自然とのぞく腕時計。
季節ごとに新作が発表される、HERMESだとか、
フェラガモだとかの色鮮やかなネクタイや、
ポケットチーフ。
「You wear a nice watch!」。
あるいは単に「Nice tie!」と、
まず相手の趣味のいいところを褒めるコトからはじまる
「社交」。
パーティーにおけるオシャレは、
なるほどこういうためにあるんだ。






ところでそうやって会話をはじめて、
あぁ、この人苦手だ! って思ったら、どうすればいいの?
いくらなんでも、
「時計の趣味はすばらしいけど、
 仕事のセンスはあんまり関心しませんね」
とは言えないでしょう?

「そんなときには、シャンパングラスを
 顔の前に捧げるようにして、ニッコリ微笑む。
 そして一言、
 『とてもたのしゅうございました!』と。
 それが、おいとまします、
 の合図のかわりにすればいいのよ」

そう言いながら、お酒のお供にと用意された
オードブルの類をボンヤリ見つめる。

見目麗しく並べられたカナッペのような料理がズラリ。
どれも一口大で、指でつまんで舌の上にピトッとおさまる。
生チョコレートのように見えた料理が実は、
豚の血を固めて作ったブータンノワールと
玉ねぎを飴色にソテしたもので作ったパテ。
ホタテのソテかと思って口に放り込んだら、
ポロネギとじゃがいものピュレを
ホタテの柱に見立てて焼いたモノであったりと、
さすが、当時のアメリカのフランス料理を代表している
シェフの仕事。
それをみながら、シャンパンを飲む。
一口つまんで、またシャンパンをコクリと飲んでいくと、
これにあわせてメインディッシュを
どこか場所を移して食べたくなる。

新しい料理を装ってはいるけれど、その味。
風合いはとてもクラシックなフランス料理そのもので、
ドッシリとしたビストロ料理。
ここの料理を前菜として、
例えばフォアグラのポワレなんかを食べるといいね。
だからコースでたべるコトを押し付けることがない、
気軽なお店。
どこが、いいかなぁ‥‥、って二人で喧々諤々。
ココがパーティー会場で、
しかもボクらは誰かとの出会いのために
来ているというのをスッカリわすれて、
料理のコトばかりを話していたら。

「それなら、ダウンタウンに
 フランスの田舎料理がおいしい店の
 フォアグラなんてどうですかね‥‥」
と、横から声が。
失礼かとは思いましたが、
あまりにおいしそうな話だったものですから‥‥、
と、声の方をみるとニッコリ、笑顔の紳士が立っている。
話してみると、エマの仕事のよきライバルで、
けれど一緒に大きな仕事を仕掛けることもできそうで、
偶然にしてすばらしき出会い。
胃袋がキッカケでつながる縁もあるんだねぇ‥‥、
とみんなビックリ。
彼がチームを組んで仕事をしている仲間と一緒に、
これから食事をしませんかと、断る理由はどこにもなくて、
それでパーティー会場をみんなで、エイヤとあとにする。
その紳士。
会場をあとにする直前に、腕時計をはずして、
今日は時間を忘れてたのしみましょう‥‥、と。
なるほど、そういう好意の伝え方もあるんだなぁ‥‥、
と感心しきり。





友人に鍛えられ。
なにより、ニューヨークという街に鍛えられて
ボクは、ニューヨーカーになっていく。
そのままずっと、腕の時計をはずしたまま、
時間が経つのも忘れてボクはニューヨーカーとしての生活を
たのしみたいと思ってた。
けれど、それも許されない。
そろそろ結論を出さなくちゃ‥‥、
と頭の片隅にずっとモヤモヤしたものがあり、
とうとう、時はやってくる。

母から電話が入ります。
観たいミュージカルがあるんだけれど、
切符をとってくださらない?
あなたと二人で。
いい席が取れたら電話をしてちょうだいな‥‥、と。

2012-12-06-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN