相変わらず、母のステイは駆け足ステイ。

ちょうどその時期にニューオーリンズに
行こうと計画している友人がいる。
前から行ってみたかったのよ‥‥、ニューオーリンズ。
フレンチクォーターでジャズ三昧なんて、ステキじゃない?
ご一緒しましょうってコトになって、
行きたいところをあれこれ話し合ってたら、もう大変。
まず、ワシントンDCに入って
スミソニアンやホワイトハウスを見て回る。
他の人たちはアムトラックで
南に向かっていくっていうのネ。
電車の旅って私らしくないじゃない‥‥。
だから失礼して、ニューヨークに私は寄り道。
たしかミュージカルはマチネだったわよね‥‥。
朝の便でニューヨークに入るから、
お昼ご飯をどこかで軽くごちそうしてね。
一泊したら、翌日の便でフロリダまで飛んでいくから。
よろしくネ‥‥、って。




シンイチロウのママが来る。
パーティー催して、おもてなしをしなくちゃ‥‥、って。
そう張り切っていた、いつもの仲間はちょっとガッカリ。
まるでアメリカ大統領の外遊スケジュールみたいだネって
ビックリしながら、
「多分、ママ、
 シンイチロウをホームシックにさせちゃいけない。
 でも顔は見たいからって、ワザワザそんな忙しい
 スケジュールにしてるのよ‥‥」
ってエマは言う。

それなら、シンイチロウの部屋で
ホームパーティーなんかするのが
いいんじゃないかなぁ‥‥。

ボクも最初はそう思ってた。
ニューヨークでこんなにたのしくやってるよ。
ゴキゲンな友人たちともうまくやってるから
心配しなくていいよ‥‥、と、そう伝えるのには
ボクの家でのホームパーティーが一番。
‥‥、なのだけれど、
実は、母がボクの部屋に泊まっていきたいという。
好きなホテルが満室で、
なれないところには泊まりたくないというのが
理由なのだけど、多分、別の理由があるのでしょう。

多分、日本に帰って欲しいんじゃないのかなぁ‥‥。
なら、二人だけでジックリ話をするのがいいの?

気持ちは揺れてた。
だからなるべくふたりきりになりたくはなく、
それで「みんなを紹介したいんだ」ってお願いをした。
そして当日。
母のフライトはかなりの遅れでラガーディア空港に到着し、
ランチをゆっくり食べる時間にことかいた。
そうだとそこで、オキニイリのホットドッグのお店に
母を連れていき、その食べ方をひとくさり。
あなた、なかなか粋なコトをしってるじゃない‥‥、と、
お褒めの言葉を頂戴し
ミュージカルでは二人そろって涙して、そしてパーティー。
いつもは何もしないケンが、
ローストビーフをカービングしてボクらをもてなす。
ポールの見事なワインセレクション。
エマのたのしい話題のお陰で、
あっという間に時間はすぎる。




そろそろ、お暇したほうがいいのじゃないかしら‥‥。
そういう母と一緒にボクのアパートで、ボクらは二人。

いい、お友だちね。
私がなんできたかというコトを、誰も訊かずに
まるで私がこのニューヨークに住んでる人のように
接してくれて、なんだかホッとしたわ。
あなたところでどうするの?
日本に帰って来る気はないの? と、母は聞く。

アメリカでの生活にそろそろ限界は感じてる。
日本にそろそろ戻りたいって思っているけど、
日本に帰ってもお父さんとは会いたくないし、
多分、一緒に仕事をすることはないと思う‥‥、と。

それもあなたの人生だから、私はとやかく意見はしない。
あなたが決めればいいコトよ。
だから今日はもう寝ましょう。
そういえば、お父さんから手紙を預かってきてるんだけど、
良ければ読んで。
あの人も、あなたのコトを
いつも気にかけているのだから‥‥、と、
分厚い封筒を手渡して、ベッドルームに消えていく。

そのズッシリとした重さにボクは、
読まなくちゃとそのとき思った。
その内容を、今正確に思い出すことはさすがにかなわず、
けれどこのような内容だったということは
いまだにハッキリ覚えてる。






日本の外食産業は、とても大変な状況にある。
資金力にモノを言わせた大企業が、
どんどんお店を作っている。
チェーン店同士が互いを潰し合うような、
価格競争が起こっていて、
ところがその影響を一番受けているのが
家族でやっている生業店。
あるいは、一生懸命、大きくなろうとしている
若い人たちの若い会社で彼らをなんとか助けようと、
それが今の自分の仕事のほとんどで、
ところがどうしようもない問題がある。
若い人から嫌われる外食産業になりつつあるんだ。
きつくて、経済的に報われない、
だから働く人が集まらない。
その上、お客様が飲食店に対して
どんどん冷たくなりはじめているような気がしてならない。
安ければいい。
サービスしてもらって当たり前。
そんなお客様からどうやったら感謝されるか‥‥、
もうそうしたことは飲食店を経営していたり
働いていた経験がどんなにあってもわからぬコト。
だから今。
お前に助けて欲しいんだ‥‥、と。

そのようなコトが書かれてあった。
今から25年ほど前のコト。
思い返してみれば当時の日本と今の日本は
驚くほどに似通っていて、
外食産業を健全にしようとしても
外食産業の力だけではどうにもならない。
特に、利用者であるお客様の
「外食することそのもの」への理解を深めてもらわないと、
働く人が報われぬ状況になりつつある。
だから「外食することをたのしむ」コトの
プロのようなお前の力が必要なんだよ‥‥、
と、そう言われてボクはそうかとそのとき思った。

ベッドルームのドアを叩きます。
まだ起きてる? と言うと、母が
「あなたのベッド、シーツはいつ交換したの?‥‥、
 男くさくて眠れないわ」と。
ベッドの上で本を読んでた。
手紙は読んだの?
うん、読んだ‥‥、
一度、お父さんと話をしてみようと思ったよ。
そういうボクに、それじゃぁ、今日はもう寝ましょう。
あなたのベッドはあなたが使って‥‥、
私はリビングルームのソファで寝るから。
ステキな息子ネ。
ありがとう‥‥、って。

不思議なほどにその日はグッスリ熟睡できて、
目覚ましなったらおいしい匂いが鼻をくすぐる。
そして来週‥‥、今年最後のおたのしみ。


 
2012-12-20-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN