レストランの利用頻度は
「いくらでたのしむコトができるか?」で決められる。
つまり「客単価が安ければ気軽に何度も利用できるけど、
高いお店には頻繁に行くことができない」という法則。
安い、高いは主観が決定。
だから一概に、いくらが安くていくらが高いというコトを
言い切ることはできないけれど、
一般的にこんなガイドラインが
レストランビジネスの中にはあります。

ワンコイン。
つまり500円ぐらいというのは、
毎日使っても惜しくないと思える金額。
衝動的に使える金額といってでもいいでしょうネ。
その代表がファストフード。
例えばハンバーガーのチェーンストアが
テレビでコマーシャルを頻繁に流す。
本来、「宣伝上手な飲食店」を
信用してはいけないんだ‥‥、
とボクは思ってるのだけれど、
でもファストフードがテレビなどで
広告をどんどん打つのはしょうがない。
「500円を使う理由」
を、利用する人たちは必要としている。
あるいは、ワンコインでも毎日食べたいとは思えない
料理もあって、例えばそれがハンバーガー。
お腹を満たし終わるとすぐに、何を食べたか忘れてしまう。
「忘れないで、私のコトを思い出して」と、
テレビコマーシャルをしなくちゃいけない
ってコトなのかもしれません。

それに「ボクはマクドナルドのおなじみさんなんだよ」
とは、あまり自慢できない。
自慢したくもないし、なによりおなじみさんというのは
「何度も行く人」じゃなくて、「顔を覚えてもらえる人」。
だからチェーン店。
しかも「ファストにサービスが完了するのが取り柄のお店」
には、おなじみさんにならせてもらえるものじゃない。




かと思うと同じワンコインの商品を扱っているお店でも、
毎日、行けるお店がある。
毎日どころか、一日何度も使えるお店もあったりして、
その代表が喫茶店。
かつて商店街が街の人たちの生活の真ん中にいた時代。
街の人達はまるでそこが自分の家の
お茶の間であるかのように、毎日、毎日。
商店を経営しているご主人が、
一日の開店準備を終えたら必ずやってきて、
新聞を読みながら世間話をお店の人とする。
同じ時間に。
同じテーブル。
同じコーヒーをたのんで、ユックリ時間を過ごす。
そんな喫茶店が沢山あったものでした。

もう何十年も前のコトです。
出張先の地方都市に、渋い喫茶店が一軒あった。
何度目かの訪問に、朝の時間がポッカリあいて、
そこに行ってみようと重たいドアを開けたのですね。
カウンターに8席ほど。
2人用の小さなテーブルがいくつか並び、
一番奥に座り心地のよさそうなソファが一席。
お店の中にはいかにも常連客風のおじさんたちが
何人もいて、半分ほどのテーブルが埋まってましたか。
はじめてやってきたワタクシという若者。
仲間うちのおだやかな空気にちょっとした緊張感が
一瞬ただよい、それでも明るく
「いらっしゃい」とご主人が言う。
一番奥のソファがあいてて、そこに座ろうとするボクに、
カウンターに座ってご主人と話をしていたおじさんが、
「できればそこは空けといて!」って。
「そこじゃないと、ぐずる頑固親父が
 まもなくやってくる頃だから」と。
なるほど、そういうこともございましょう‥‥、と、
ソファの向かい側のテーブルを選んで座る。

ありがとうネ‥‥、とご主人が、
何にしましょう‥‥、とメニューをわたす。
ストレートコーヒーが何種類も揃った
いわゆる、コーヒー専門店と言った趣の渋いメニューで、
ところがそこにひとつだけ。
「コーヒーゼリー」が写真入りで載っていた。

お店の雰囲気。
ご主人の風貌、それにそこに居並ぶ常連客の
いぶし銀のようなイメージにおよそ不釣り合いな
「コーヒーゼリーございます♡」という、
ハートマーク付きのメニューを指さしながら。
コーヒーゼリーがあるんですネ‥‥、と聞いてみる。
するとご主人。
満面の笑みで、これネ、
このためにワザワザ特別にローストしたコーヒーを、
時間をかけて水で落として作ってるんだ。
ちょうど間もなく出来上がるとこ。
10分ほども待ってくれれば、
絶対、後悔させないからと、情熱的にボクにすすめる。
先を急ぐ旅でもなくて、お願いしますと言って待つ。






数分経ちましたか。
ドアがあき、ボクの前のソファに件のおじさん登場。
こざっぱりした作業服を来た、矍鑠としたおじさんで、
背筋がしゃん。
町工場のご主人かなぁ‥‥、
ゴツゴツとした手が分厚くて厳しい表情。
メニューを見ることもなく、注文することもなく、
泰然と新聞を広げてタバコに火をつける。
ご主人が、お待たせしましたとカップをひとつ。
いつも飲むものが決まっているのでしょう。

こういうお店のコーヒーは、
小ぶりで分厚いカップで出てくる。
しかも熱々。
カップもお湯の中に漬け込み芯まで熱々。
中に注ぐコーヒーも熱々だから、
最初はフウフウしないと飲めない。

そのおじさんも、
カップをつまみ上げて香りをかいだら元に戻してしばらく休ませ、
飲み頃を待つ。
熱々カップに熱々コーヒーがやってくる。
そういうお店に遭遇したら、
ココは時間をタップリかけて飲んでください。
長居ウェルカムのしるしなんだと、ボクはずっと思ってる。
往々にしてそういう店のコーヒーは、
苦くて酸味が強くできてる。
一口すするとお水を舌が求めるように作られていて、
飲むというより舐めるようにちょっとづつ味わいたのしむ。
このおじさんも果たしてひと舐め。
そしてお水をゴクリと飲んで、タバコを一服。
こういうコーヒー。
温度が下がって空気を触れていくにしたがい、
酸味が不思議とおだやかになり
うま味が引き立つようになる。
あぁ、ブレンドコーヒーにすれば良かったと、
一口ごとに顔の表情がやさしくなってく
目の前のおじさんをみてると思う。

そしておまたせ。
コーヒーゼリーがやってくる。
ホイップクリームも何もなく、
グラスにコーヒー色のゼリーが入っているだけのモノ。
トンとテーブルに置かれた瞬間、
フルンと表面が揺れてさざなみが立つほどなめらか。
スプーンですくって味わうと、
舌の上でたちまちゼリーが
アイスコーヒーにかわっていくほどゆるくて、
それがおいしく感じる。
こりゃ、旨いなぁ‥‥、と感心しながら食べてると、
前の席から声が飛びます。

「それ、おいしいですか?」とおじさんの声。
えぇ、スプーンですくって味わうアイスコーヒー、
って感じの見事なモノです。
口の中にずっと
苦味と香りが残ってくれるんですよ‥‥、と。
「なんで、そんなおいしいモノをマスター、
 薦めてくれないんだ」と、おじさん、
お店のご主人に言い寄ります。
メニューを見せてとも言わないし、
なによりいつも決まったモノを飲むと
ずっと思っていたのでオススメせずにおりました。
でも、本当は食べてほしくてしょうがなかった。
と、そう言いながら、すかさず一杯。
コーヒーゼリーをそのおじさんの前に置き、
このコーヒーはお店のおごりにいたしましょう‥‥、と。
そのコーヒーゼリーをひとくち食べたときの
おじさんの顔のかわいく、たのしげなこと。
10年以上通ってくれて、ブレンドコーヒー以外のモノを
口にしてくれたのはこれがはじめて‥‥、
と言うご主人の顔がとてもウレシゲで、
シアワセそうであったコト。
ステキな思い出、思い出す。

カフェと喫茶店はどこが違うのですか?
と聞かれるコトがたまにあります。
小さな違いが大きな違い。
答えは来週といたしましょう。




2012-02-14-THU
 

 
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
ほぼ日刊イトイ新聞 - おいしい店とのつきあい方。