何しろ、喫茶店の開業の仕方だけを教える
学校があったほど。
実は、ボクの師匠がその学校で経営講座を持っていて、
アシスタントのような仕事を
させてもらっていたコトもある。
コーヒーの豆の知識や落とし方。
サンドイッチの作り方とか、
パフェやケーキの焼き方、
それから価格戦略、お店の作り方であったりと、
開業に必要であろう理論や実技の講座が
100時間ぶんほどでしょうか、用意されてた。
当然、やってくる人たちのほとんどが
サラリーマン時代にコツコツとためた貯金と、
借入金をしてまでこれからお店をしようと
思っている人たちですから、そりゃ、必死。
講義の内容にないものも、
疑問と思えばなんでも貪欲に質問をする。
その質問を整理して、答えをまとめて発表するのが
アシスタントとしてのボクの当時の仕事で、
特に多い質問が
「宣伝はどうすればいいのですか?」というモノでした。
ボクも飲食店の効果的な宣伝って
どんなモノかと気になって、師匠に聞いてみることにした。
答えは至極簡単でした。
喫茶店なんて、宣伝をする必要なんて本来無いの。
来てくれた人においしいコーヒーを作ってあげて、
また来ようと思ってもらうコトが大切。
毎日、決まった時間にお店をあけて、
同じ商品、同じサービスを提供し続けるコトが
宣伝なんですよ‥‥、って。
でも、何度も同じお客様に来てもらおうと思ったら、
たまに新商品や季節商品を導入して、
それをお知らせすることが必要なんじゃないですか?
同じお客さんに何度も来てもらうっていうことは、
それだけいろんな商品があった方がいいんだろうし。
どうなんでしょう?
そう食い下がるボクに、師匠は
「明日、朝の9時にオフィスの近所の喫茶店で
一緒に答えを探ろうよ」と言って翌日。
商店街というにはいささか寂しい、
けれど30軒ほどの小さなお店が並ぶ通りの一角にある
小さな喫茶店に二人は集まる。
実はココ。
師匠の学校の卒業生がやってる店で、もう5年。
そこそこずっと繁盛している。
メニューはコーヒー、サンドイッチに
アイスクリームにパフェ程度。
お世辞にも品揃えが豊富と言えぬ、
いわゆるどこにでもある喫茶店。
近所の会社の人たちでしょう。
新聞を読みながら、
コーヒーにモーニングセットのトーストかじり、
テーブルの隅でコンコン、茹でた玉子の殻を割る。
それが20分程もたつとそうした人たちが
ほとんどお店をあとにして、
おそらく会社への出勤時がやってきたのでしょう。
ごちそうさまとお店を出てく彼らと入れ替わるようにして、
近所の商店のご主人らしい人が次々やってくる。
コックコートにジャンパーを羽織った人がやってきて、
ボクらの横を通り過ぎると
焼けたラード特有の甘い匂いが漂ってくる。
「あの人ね、あそこのお店のシェフなんだよ‥‥、
ソースを仕込み終えると必ず毎日こうしてくるの」と。
あそこのお店っていうのは、近所の、
ハンバーガーがおいしいので有名な洋食店で、
その人は、そこのご主人だった。
なるほどラードが焼けた匂いは、
ソースを仕込むときに炒めた
牛すじ肉の匂いだったんですネ。
「モーニング、ホットコーヒーでね」って一言。
そしてお店のマスターに、そっと聞きます。
「カレーはおいしく出来ました?」って。
当時、喫茶店でカレーランチを出すのが流行りはじめてて、
それで数日前に喫茶店のご主人が
「おいしいカレーはどうすればできますかねぇ‥‥」
と何気なく洋食店のご主人に聞いたらしい。
律儀なご主人。
簡単に、おいしくカレーを作るレシピを作って
渡してあげたんだという。
作ってみたら、これが結構、旨いんですよね。
やっぱりプロはスゴイなぁって思いましたよ。
ありがとう。
けれど、やっぱり、あなたのお店のカレーにくらべりゃ
違いは一目瞭然で、だからあれを売ろうと思ったら
かなり安くしなくちゃいけない。
でも、せっかくのカレーを安く売ってしまったら、
おたくに迷惑をかけちゃいそうで。
だからやっぱりカレーは売らないコトにしました。
「それはそれは!」
とパチリとライターでタバコに火をつけながら
洋食屋さんのご主人が言う。
内心、あのカレーを売られたら、
手強いライバルができるぞ‥‥、って思ってたんだ。
ありがとうな。
これから毎朝、こうしてここに
来なくちゃいけなくなったなぁ‥‥、
と言いながらもウレシそうな顔して
プカっと大きな煙の輪っかを吐いた。
それを聞いてた他のお店のご主人たちも、
ニッコリしながら小さく頷く。
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