ドラマティックなお出迎えと、ロマンティックなお見送り。
とはいえ、ちょっとした工夫で、歩いて何分もかかるような
「物理的」に壮大なアプローチをもたなくても
ココロに残るお出迎えやお見送りを
することができるんだということを教えてくれた名店が
かつて東京にはありました。
小体な板前割烹。
厨房をみわたすことができる、
すわり心地の良いカウンターで、
心尽くしの料理が仕上がる一部始終をみながら
食事をたのしめる。
季節の素材のおいしさを邪魔せぬ程度に、
けれど的確な調理をほどこし料理ができる。
カウンター席8席ほどで、
それにテーブルがひとつあるだけ。
もともと客席数が限られている上に料理もおいしく、
予約をとるのがむつかしいお店のひとつではありました。
けれどこの店を利用したお客様のココロに
一番残ったものは、お見送り。
お店は3階にあったのです。
小さな店にふさわしい、
小さなビルでワンフロアーに一軒だけ。
エレベターが一基あって、
エレベーターを降りるとお店の入り口のドアの前には
小さなエレベーターホールがあるきりという、
必要なスペースだけが用意されてる建物。
お店のスタッフはご主人と、
アシスタントの板前さんが2人。
男性だけ。
調理人だけでもてなす店で、だからお出迎えはなし。
ドアをあけて、
「予約しておりました、サカキでございます」
と告げるとニッコリ。
カウンターの中からご主人が
「お待ち申し上げておりました」と笑顔で答える。
それがここのお出迎え。
食事を終えてお勘定をします。
食べたもの。
受けたサービス。
そして気持ちのよいしつらえに見合っただけの請求額で、
来てよかったなぁ‥‥、と思います。
そして店を出、エレベーターに乗る。
ご主人とアシスタントがひとり、エレベーターの前に立ち、
どうもありがとうございましたと言いながら
エレベーターのドアが完全にしまるまで
頭を下げてお見送りする。
その丁寧な様に、うれしく思い、
シアワセな気持ちをのせてエレベーターはユックリ
一階に向かいます。
古いビルの古いエレベーターです。
ガコンと動いて、ユックリ、ユックリ。
ウイーンと鈍い音を立てながら鉄の箱が一階につき、
再びガコンと止まってドアが開くとビックリ。
そこにはさっきまで3階で頭を下げていたご主人と
アシスタントの姿がある。
外階段を駆け下りてお客様を待ち受けて、
それから再び、ずっと頭を下げて見送る。
表通りまで20歩ほどの距離でしょうか。
もう、見送られているボクたちはウレシクてウレシクて、
また来ようと思うのです。
一生懸命考えたのでしょう。
ビルの中。
しかも小さなどこにでもあるビルの中にあるお店という、
そのハンディキャップに負けずに
お客様をよろこばせてさしあげようと思う気持ちが、
空間を超えたアプローチを
作り出すことに成功したという事なのでしょう。
で、その話をとある銀座のクラブで披露していたら、
お店のママがぽつりといいます。
あら、それでしたら、
もっと長くて果てないアプローチっていうんですか‥‥?
お客様を出迎え、お見送りする方法を
わたくし、存じ上げておりますわ。
手紙を出しますの。
またお待ち申し上げておりますって。
たしかに、たしかに。
ところでボクがそのとき選んだ、鉄板焼きというお店。
果たして接待に向いているのか。
接待向けのレストランって、
どんな料理、どんなサービスのお店なのか。
来週から考えてみようと思います。
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