接待において接待側がどうにも困ってしまうこと。
いろいろあります。
1年先まで予約でいっぱいという、
有名な鶏鍋のお店の予約をとった。
意気揚々とお連れしたら、
「鶏肉がどうにも苦手なものでして」
って主賓に言われる。
情報収集力の無さを呪いたくなる、
バッドシチュエーション。
個室をとったら、隣の個室に
お客様のライバル企業が会食してた。
誰も責任をとれぬ不可抗力。
さすがに予約をする時に、
他にどんなお客様がその日、お越しになりますか?
なんて聞き出すコトはできない相談。
レストランで気持ちよく食事をたのしむために、
運が必要とされる以上に、
接待において運を味方につけるコトはとても大切。
そのために、さまざまな下準備を必要とするのですけど、
それでもどうしようもないコトがひとつあります。

会話がはずまないというコト。
無口であることが美徳であった、
かつての日本のビジネス社会。
仕事以外に趣味を持たないことが
仕事ができる男の証といわれた環境で育った人たち。
困ります。
まずは仕事の話以外で互いを知り合う。
それが接待の入り口なんだということは
互いが認識していて、
だから何か話題を探すのだけど、
それがなかなか見つからない。




そんなときに、
料理をたのしむことをしっているお客様ならなんとかなる。
どんな料理がでてくるんでしょうね。
メニューを見ながら、お互いの予想を語り合う。

「赤ピーマンのピュレと帆立貝のムースのマリアージュ」
なんて料理の名前を読み上げながら、
最近のピーマンってずいぶん甘くなりましたよねぇ‥‥、
でもいい。
帆立はやっぱりバターと醤油で
焼いて食べるのが一番でしょう‥‥、
なんて他愛もないことでもいい。
料理が出てきたら、その美しさを互いにめでて、
味わい、ひとりひとりが感じたコトを語り合う。
次の料理はどんな料理はなんでしょう‥‥、
なんてことを繰り返していると、
あっという間に互いの距離が近くなる。
レストランで接待をするということは、
料理を通して互いの癖や互いの感じ方を
交換し合うことができるキッカケで、
例えばこの人は「質より量」の人なんだなぁ‥‥、とか。

料理好きで社交的なお客様であれば、
そういう時間の過ごし方もあるのでしょうけど、
そうじゃないともう大変。
目の前のお客様をじっとみつめて、
ただただ食事をしなくちゃいけない。
料理が目の前にあるときは、
それを食べるコトに専念すればいいのだけれど、
日本のおじさんたちはあっという間に食べ終える。
コース料理とか、懐石料理のような、
おもてなしのために出来上がっている料理には
ある特定のリズムがあって、
料理と料理の間に20分から30分ほどの
インターミッションが入るようになっている。
フランス料理なんて、ひとつの料理が出てきたら、
まず愛でる。
うつくしいネと感心をして、まずは一口。
そして一口、じっくり味わいたのしんで
一皿をお腹に収めるために10分。
それから今、食べたばかりの料理を思い出しながら、
余韻にひたるために10分。
ところで先日、こんなコトがあってね‥‥、
と世間話をしながら
次の料理に対して思いを馳せるために10分。
そしたらあっという間に30分は
経ってくれるモノなんだけど、
あっという間に食べて再び無言の時間がやってくる。
日本料理なんて、本当に一口、二口で
あっという間になくなっちゃうから、もう大変。

向かい合った目の前の人の顔を直接見ぬようにと、
西洋の人が長い時間をかけて
「ネクタイ」というモノを発明せしめたように、
人を真正面から見続けるのは緊張感を伴う好意。
目の前に料理はなくて、会話も思うように進まぬために、
お酒ばかりが進んでしまう。
気づけば双方、グデングデンになっちゃっている、
というようなコトが起こらぬようにと、
ここで鉄板焼きという業種です。




ありがたいことに、
お客様と向い合って座らなくてすむのです。
鉄板の前にズラッと並んで、みんな同じ方向をみる。
目線の先には鉄板、そして鉄板越しに調理人。
もうその景色にワクワクします。
季節の野菜に、アワビやエビ。
次々、いろんな食材が鉄板の上に置かれ
焼かれて料理になっていく。
もう一時も目がはなせない。

仲間になる。
互いを分かり合える間柄になるために
まずはしなくちゃいけないこと。
それは、「同じモノを見て、同じように感じる」
というコトで、だから鉄板焼きのカウンターの前で
同じモノを同じ方向からみて同じように感じるコトが、
一体感を作ってくれる。

お酒もほどよくすすんで、気持ちがほぐれる。
分厚い肉が鉄板の上にやってくる頃には、
「あぁ、すばらしい肉ですな」とか
「このガーリックが焼ける香りはたまりませんな」と、
無口な人も饒舌になる。
感じたコトを口に出し、
同じことを感じているんだと互いが思うコトが思い出‥‥、
ゴルフ帰りのおじさんたちが、
ゴルフの話を忘れてただただ、
目の前で繰り広げられている料理ショーに魅入られた。
仕事の話をするのも無粋な、シアワセに満ちた
ご接待の第一章は鉄板の前で終わるのですネ。

場所を変えて食後のデザートを
ご用意させていただいております。
そういざなわれて、デザートサロンに案内される。
「奥様は魔女」でダーリンが
「リビングルームで葉巻でもいかがですか」と
ゲストを誘うのと同じであります。
そこから心置きなく、ビジネスの話ができる。
これが上等な鉄板焼きのレストランで
接待をするということなのです。
そうそう、外国からのお客様。
言葉が思うように通じぬ相手にも、
この鉄板焼のマジックは有効で
何度、助けられたコトでしょう。

鉄板焼き以外にこんなステキなマジックを持っている
お店ってあるんでしょうか。
また来週。


2013-08-01-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN