張り切りすぎて、身の程知らずの
借り着のような高級接待をしてしまい、
そののち互いのために誂えたような
たのしい接待でリベンジをした、
「ミスタータカギ」を窓口にしての大型プロジェクト。
スタートは至って順調。
大きな会社の工場跡地で、
有効活用されていなかった場所の開発。
しかも駅から至近距離という、
おそらく東京でもこれから先、
出ないであろうと言われた物件。

超高層ビルを中心にした新しい街造りをしようという、
その飲食施設の部分をどんな規模や
コンセプトにすればいいかというコトを
ボクたちがまとめ上げるというのが仕事の内容。

大きな再開発プロジェクト。
オフィスだとか小売店とか、あるいは飲食店だとか。
場合によっては劇場だとか映画館と
いろんな要素がひとつに肩を寄せあって、
小さな街を作り上げていく作業。
デベロッパーにしてみれば、
高い家賃を払ってくれるところを優先して
企画作業をスタートするもの。
一番、高い家賃を払ってくれるのはブランドショップ。
それからオフィス。
当時でいえば、証券会社やIT系の会社が借りてくれれば
驚くほどの家賃を稼ぐコトができたのですね。
それに比べて飲食店なんて、払える家賃に限界があって
だから当時の再開発ビルや大型ビルは、
飲食用のスペースは他の施設が使い残した場所を
どうにか工夫して、飲食店用を装い
テナント集めをするのがせいぜいでした。
そもそも飲食店はガスや電気、あるいは排水と
面倒な設備を作らなくっちゃ、店にならない。
同じ商業施設でも、オフィス仕様の箱の中に
棚を並べた程度で開業できる小売とくらべていかにも厄介。
デベロッパーとしての投資もかさめば、
出店準備に時間もかかる。
家賃もそんなに払えぬ奴らが
主張なんかするんじゃない‥‥、って。
正面切って邪魔者扱いされることすら当時はあった。




今となっては笑い話ではあるのだけれど、
日本の超高層ビルの黎明期。
例えば西新宿の住友ビルとか、
浜松町の世界貿易センタービルで
眺望の良い最上階にレストランを誘致しようと、
そう決まったのがビルがほとんど完成したとき。
テナント付けは無事できて、
店を造ろうとしたらなんと厨房設備を運び込めるような
大きなエレベーターがビルに設置されていない。
厨房設備のみならず、京都の老舗料亭のカウンター用の
檜の板や座敷を飾る大きな襖絵。
オフィス家具のようにバラして運び、
現場で再び組み立てるようなコトができない備品や設備、
内装家具を、なんと階段を使って
運びこまなきゃいけなくなった。
一階から50階まで何度も何度も休憩しながら、
1トン近い業務用の冷蔵庫を運び上げる
手間に時間に人件費。
誰が負担するんだとデベロッパーに聞いたら
当然、テナント側‥‥、と。
そんな理不尽がまかり通った時代すらあったのですね。

けれど、超高層ビルやピカピカの再開発施設が
珍しいモノではなくなりはじめていた時期のコト。
考え方も徐々に変わって来てました。
高い家賃を払って仕事をしている人たちも、
昼ご飯を食べなきゃいけない。
特に欧米系の会社の人たちは、
オフィスの周辺にどんなレストランがあるかというコトを
とても気にする。
高い給料を払ってまで働いてもらっている人たちが、
その収入とライフスタイルにふさわしい
食事を提供する施設が近所にあるかどうかは
「労働生産性を左右する」重要なコト。
味気ないビルや、アフターファイブのたのしみが
用意されていない人工的な街には
オフィスを移したくないという会社が
ちらりほらりと出始めたのが、
ちょうどボクらがそのプロジェクトを引き受けた
時期でもあった。




飲食店が主役の街をつくろう。
オフィスしかない街の夜って
ゴーストタウンみたいでもあり、
一日、人が集まる街を作るためには
飲食店が顔にならなきゃ絶対にダメ。
いいテナントを集めようと思えば、
ステキなレストランがある街じゃなくちゃ
いけないだろうし、
それでどんな飲食店を集めるかというコトから、
再開発をスタートしようと。
そのマーケティングからスタートして、
いろんな飲食店の経営者の人たちに
インタビューをして歩く。
「新しい町づくりを考えているのですけど、
 そこにどんな飲食店を作ってみたいとお思いですか?」
と、質問をして話し合う。
そういう趣旨なら是非、力になりたい。
入居するオフィス就労者のライフスタイルに合わせた
新しい業態を開発してもいいから、
出店したいという人たちがたくさんでてくる。
これはオモシロイ街になるに違いない‥‥、と、
ボクらは興奮しながら仕事をすすめた。

施設概要のマスタープランも高い評価を受けて、
それではそろそろテナント募集をいたしましょうか‥‥、

と、入居条件を設定する段階にこぎつけました。
そこでいささか困ったコトがおこります。

経済条件が予想していた金額を
大幅に超えてしまったのです。
保証金や家賃が高くなると、それだけ商品価格が高くなる。
ある程度、安い家賃でやる気のある人たちに
チャンスを上げたい。
そうすることで、どこにもない、
この施設に集まる人達が誇りに思える
レストランを集めるコトができるはず‥‥、
とそれがマスタープランで描いたボクらの企み。
いいビルだから。
オモシロイ街になりそうだからと、
資金に余裕のあるチェーン店が出店したいといってくる。
彼らが提示する条件はかなりの水準。
このままいったら、
「やる気のある創意工夫に溢れた店」ではなく
「高い保証金と家賃が払えるお店」
ばかりが集まってしまう。
どこにでもある街になっちゃうじゃないかと、
ボクらチームとデベロッパー本部は一発触発。
会議で押し問答を演じてしまった。

そしてその夜。
「サカキさん、今日は寿司屋に
 付き合っていただけませんか?
 ボクがゴチソウしますから」と。




上等な寿司屋さんでした。
手のひらが吸い込まれるほどなめらかに、
磨きこまれた白木のカウンター。
その日のネタは木箱の中におさめられ、
にぎる直前に切り分けられて
見事な手際でうつくしき寿司になって、
ストンと食べ手の前に置かれる。
苦手なモノを最初に告げて、
あとは今日のおいしいところをおまかせで。
お腹をすかせておりますので‥‥、と、
酒もたのまずひたすら食べる。

よき寿司屋にはお店のリズムというものがある。
食べ手のリズムと握り手のリズムが
ピッタリあったときにこそ、
寿司屋の本領発揮となります。
寿司をつまんで味わって、
余韻をたのしみそろそろ次を食べたいなぁ‥‥、
と思った瞬間。
おまたせしましたと、次の寿司がやってくる。
少なくとも、おいしいと評判の店の寿司は
どこもおいしくて、けれど、贔屓にすべき寿司屋というのは
自分の食べるリズムと同じリズムを持ったお店というコト。
例えば、つまみをつまんで酒を飲み、
ひとつ食べては会話をたのしむ。
寿司屋を居酒屋みたいな使い方をする人がいて、
そういう人が好む寿司屋のリズムはユックリ、スロー。
そうかと思うと、普段はおっとりした人なのに、
寿司屋では寿司と寿司の間がちょっとでもあくと
イラつくせっかちさんに豹変するような人もいる。
異なるリズムで寿司をたのしみたい人たちが、
カウンターで同じ時間を過ごすようなコトは
時に危険で退屈なモノ。
だから、はじめての接待のような機会に
寿司屋は適していないとボクは思うのです。

そんなボクにとっては、寿司とは「勢いを食べる」料理。
アップテンポのリズムで次々、
寿司が握られやってくるのが大好きで、
それはミスタータカギもどうやら同じなのですネ‥‥、
ひたすら食べる。
寿司において互いに好き嫌いなく、
その日のネタをひと通り、右から左に全部食べ、
マグロの漬けと穴子と蛤がおいしかったと追加して、
干瓢巻きで仕上げをするのにかかった時間が
たった30分ほど。

こうして寿司を食べてる間、
嫌なコトを忘れることができるんですよ。
今日はたのしい気晴らしをした。
そして、サカキさんがボクと
同じ寿司の食べ方をするというのに、
気持ちを強くもちました‥‥、と。

ボクらはそれからも一緒に戦い、
ちょっと痛快な解決方法を見出すことに成功したのです。
その顛末は機会があれば是非、いつか。
さて来週に続きます。


2013-08-15-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN