ボクがチャイニーズ・レストランを
経営していたときのコトです。
アートギャラリーのような雰囲気。
白いテーブルクロスにジノリの食器をあつらえて、
壁に飾った中国のモダンアートに負けぬ
キレイに盛り付けられた料理の数々。
フランス料理のように中国料理を食べさせる店と、
評判でした。
ときはバブルになる寸前。
だから人の気持ちは珍しいモノ。
新しいモノ。
人に自慢のできるモノに向かっていたという、
その時代のムードもボクらの店を
後押ししてくれたのでしょうね。
雑誌に取り上げられるコトもしばしばで、
有名人のおなじみさんも何人も。

そんなお店でサービスをしていて、一番困る質問が
「あのお客様はどんな料理が好きなんですか?」
と聞かれるコト。
雑誌などで「私はあそこのお店のあれが好き」というような
コメントを出していらっしゃるお客様に対する質問ならば、
なんの躊躇もなく、その商品がお好きでらっしゃると
言えもする。
けれど、公にご自身の好みを言われぬお客様。
その人が、何をいつもたのんでいるかというようなコトを、
他のお客様に無断でお教えすることなんて絶対できない。

食べ物に対する好みというのは、立派なプライバシー。
かつてボクがニューヨークで、
レストラン選びに難儀したとき、
ホテルのコンシアージュに
ボクの手帳のアドレス帳をてわたした。
そこに書かれたレストランの名前をてがかりに、
彼はボクの好きな料理や楽しみ方を読み解き、
的確なアドバイスをしてくれた。
そればかりか、ボクの性格や関心事、
ニューヨークではどういう場所を
行動範囲としていたのかまで言い当てることを彼はした。
「食べる」というコト。
「食べ方」というモノ。
それは人となりの一部であって、
だからむやみに口外するものではないと思う。
だから「どんな料理が好きなんですか?」と聞かれると、

「そのときどきでおいしいモノをオススメするんですよ。
 なんでもおいしいと召し上がっていただきます」と。
そう答えるようにボクはしていた。




こころある飲食店は特定のお客様の好みや
食べた料理のことを、他に絶対漏らさないもの。
当然、お客様が食事の間に話していたコトや、
お客様の印象などをうわさ話にして吹聴したりしないもの。
いいコトであれ。
嫌なコトであれ。
お客様に対して感じたコトは、
胸の奥にそっとしまって飲み下す。
ただ人ひとり分の処理能力には限りがあって、
嫌な思い出をお店の誰かとに愚痴ったりする。
自分ひとりの気持ちの中に押し込めているのが
もったいないようなウレシイコトがあったとき。
一緒に働いている人たちと分け合うことで、
明日、また笑顔でがんばろうって、元気の種にしたりする。

お店の中のうわさ話は、お店で働く人が
互いを勇気づけるためにあるものなんですね。
せっかくならば、良い噂の主になりたい。
そのためにはお店の人に好かれるように。
お店の人のためになることをしてあげようと、
一生懸命になる人がいる。
お店とお客様は相思相愛であることが、
おいしい時間を過ごす最高の方法ですから、
そういう努力は決して間違っているわけじゃない。
けれど、良かれと思ってしたことが、
お店の人にとって迷惑になってしまうようなコトもある。

例えば料理をひとつ平らげる。
次の料理が出てくる前に、
食べ終わった食器を簡単に片付けられるようにと、
お皿を重ねてひとまとめにしておくようなコト。
重ねられたくない器というのがときにある。
絵柄の入ったうつくしい皿。
デリケートな素材でつくられていて、
引っかき傷や圧力などに弱い皿。
不規則な形をしているために、
重ねると運びづらくなる器。
そもそも西洋料理のフォーマルな会食の場では、
グラス以外の食器を動かすことは、
お行儀がよろしくないことと言われていて、
それもすべては優雅でうつくしいサービスを
こころおきなくたのしむためのルールだったりするのです。




レストランのルールをしること。
テーブルマナーという「形」としてのルールだけでなく、
レストランがどのように出来上がっていて、
そこで働く人たちは、お客様にどうよろこんでもらいたくて
働いているのか。
そういうルールをしることは、
「よい噂の主」としてレストランとつきあえる、
最短にして最良の方法。
例えばあなたから一番遠い場所にいて、
一生懸命働いている洗い場のスタッフ。
その人にまで、あなたのステキな気持ちが届く。
食べるということは汚れるということ。
お客様は汚す人。
お店の人は汚れを清める立場の人で、
けれど、片づけやすいように汚すコトができたら、
なんてステキなことかと思う。
洗い場の人が、このお客様にあってみたいと
思わせるような食べ方。
そんな食べ方ができるようになるために、
ちょっとだけレストランの仕組みをここで説明できれば、
と思うわけです。

さて来週から、本格的に
「おいしいお店がどうできているのか」
お話したいと思います。



2013-10-24-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN