006 たのしく味わう。その6
アメリカ流・淹れっ放しのコーヒーの味わい方。

ミルクで割ればどんなコーヒーもおいしく感じる。
1ドル足らずでお替わり自由が当たり前だった
コーヒーにはできぬ出費も、
おいしいミルクにならば
3ドル、4ドル払ってしまえる。
その値段分の手間をお店はかけられる。

一杯、一杯。
注文を受けてからお客様の目の前で
エスプレッソを作る手間。
手間を掛ける間、お客様とひとこと二言かわしたりする。
自分の注文が大切にされている。
これから自分は、手間をかけて作られた
飲み物を飲めるんだ‥‥、と期待がたかまる。

サービスがいいお店。
セルフサービスなのに、
あのお店は働いている人の笑顔がステキで、
気持ちのいいサービスをしてくれるネ‥‥、
と言われてワザワザお客様がくる。
そんなコーヒー専門店。
しかもチェーン店がアメリカにできるなんて、
おそらく20年も前には誰も予想しなかった。
ミルクなんかで割らなくても、
コーヒーマシンが落としたコーヒーをおいしく飲む方法を
アメリカの人たちは知っていたから。



かつてアメリカで
コーヒーを一番売っていたチェーン店は
ダンキンドーナツという
ドーナツショップだったコトがある。

1934年のコト。
「或る夜の出来事」というハリウッド映画の中で、
クラーク・ゲーブルが
ドーナツの正式な食べ方というのを紹介した。
それがコーヒーカップの中に
ドボンとドーナツを浸して食べるという食べ方。
もともとアメリカの人にとってドーナツっていうのは、
元気をだしたいときに食べる気付け薬のようなスイーツ。
同じく頭を目醒させる役目を果たすコーヒーと
相性はよかったのでしょう。
それを一緒に食べるスタイル。
ドーナツの油と糖分が時間が
経って劣化してしまったコーヒーの、
酸味やエグミ、嫌な匂いをやわらげて、
おいしく感じさせてくれるからなんでしょう。
コーヒーを飲むならドーナツ屋にいけばいい‥‥、
と、そんな風潮ができて
次々、ドーナツチェーンが誕生したのが
1950年前後のコト。
アメリカにおける、コーヒーブームの第一波が
そうして生まれた‥‥、って言われてる。

ダンキンドーナツという店名。
英語で書くと、Dunkin' Donuts。
Dunkといえば、
「何かをドボンを液体に浸す」という意味。
つまり、カップの中のコーヒーに
ドーナツをドボンと浸して召し上がれ‥‥、
というメッセージを持った店名なんです。
バスケットボールのダンクシュートも、
コーヒーカップにドーナツをドボンと浸す仕草に
似ているからって名付けられた。
それほどアメリカ人はドーナツをドボンと
コーヒーに浸すコトが好きなんですネ。



ちなみにこのダンキンドーナツというチェーン店。
世界ではじめて「24時間営業」を
組織的にはじめた飲食店とも言われてる。
気付け薬的食べ物を売ってる店です。
当然、深夜の時間帯のニーズは見込める。
ビジネスとしても営業時間を伸ばすことができれば
それだけチャンスが広がる。
けれど困ったことに、アメリカという国は銃社会。
深夜にお店を開ければそれだけ、
強盗にあうリスクも高まる。
だからみんな、24時間営業には
二の足を踏んでいたのだけれど、
彼らはあっと驚くやり方で難なくリスクを回避した。

「当店に、制服姿で来てくれた警察官には
 コーヒーを無料でサービスいたします。」

お店にデカデカと、そういう趣旨のポスターを貼り、
そのうち、ダンキンドーナツのお店は、
深夜、警邏途中の警官のたまり場のようになった。
日本のように交番のないアメリカで、
警官はパトカーの中で休みをとらなきゃいけない
という事情もあって、
ダンキンドーナツの申し出は渡りに船、だったのです。
警官が立ち寄る場所を好んで襲う強盗はない。
それでめでたく、彼らはアメリカ最大の
ドーナツチェーンになることができたのですネ。

そうそう、それから。
アメリカの黒人太っちょお巡りさんは、
みんなドーナツを食べている。
ダイ・ハードのジョン・マクレーンを助けた
黒人警官も車の中でドーナツを食べてる最中に
事件が起こった。
そんなイメージ。
それもダンキンドーナツのキャンペーンが
作り出したイメージなんだと言われてる。

コーヒーの話からちょっと脱線。
さて、来週からは日本のコーヒーの話をしましょう。
また来週。



2015-04-16-THU



     
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN