005 たのしく味わう。その5
この20年のコーヒー革命。

おいしいコーヒーに無関心だったアメリカ人が、
シアトルスタイルのコーヒーに夢中になってしまった理由。
とても単純。
それは「アメリカ人はコーヒーは好きじゃなかったけど、
ミルクが大好き」だったというコト。

アメリカのコーヒーショップやダイナーレストランに行くと
「fresh milk sold here」と書かれた看板が、
レジやカウンターの後ろの壁にかけられているのを
見ることがある。

「うちは新鮮なミルクを売っている」

いろんなメッセージが込められています。
まず、だからミルクやミルクシェイクがおいしんだ‥‥、
というストレートなメッセージ。
粉末のミルクシェイクミックスと氷で作る
ファストフードなんかと一緒にしないで‥‥、
っていう意味を持つ。
それだけじゃなく、
食材の仕入れに自信を持ってるというコト。
あるいは、仕入れた分をすぐに売り切るだけ、
人気のある店だっていうコト。
だから安心してたのしんでいってネ‥‥、っていう、
つまり日本でいうところの「産直」だとか
「売り切れごめん」だとかに近い
セールストークのひとつ‥‥、なのですネ。



それにしても、ミルク‥‥、です。

日本人にしてみれば、なんでそんなに大げさに‥‥、
って思ってしまう。
でもアメリカ人はミルクが大好き。
それそのものが、甘くて、おいしい。
何かを混ぜるとそのおいしさがひきたちもする。
そのミルクにエスプレッソを混ぜて飲む。
アメリカの人にとっては、
「とても香ばしい、一風変わったミルク」
のように感じられたのでしょう。
しかもそこにバニラやアーモンド、
ヘーゼルナッツなどのシロップを混ぜて味わう。
もうそうなると、コーヒーじゃなく
「コーヒー風味のミルクドリンク」と呼んだ方が
いい飲み物になっちゃうんだけど、それが売れた。

スターバックスの今でも最大のヒット商品のひとつが
「フラペチーノ」。
氷とミルク、エスプレッソにシロップで
ジャジャっと作るあの飲み物は、
コーヒーフレーバーのミルクシェイクと言えなくもなく、
ミルクシェイクはアメリカ人が
「子供の気持ちに戻れる飲み物」。
ワザワザだって飲みに行きたくなる飲み物で、
それを彼らは売り物にした。

人気が出ないはずがなかったワケです。
コーヒーを売るのじゃなくて、
ミルクを売るという発想の転換こそ、
シアトルスタイルのコーヒーが
アメリカの人に受け入れられた理由のひとつです。



それからもう一つ。
ミルクドリンクは味が安定するのです。
ミルク自体の味は均一。
その味が安定したミルクに
ほんの少しだけエスプレッソを混ぜて作る飲み物は、
味が均一になりやすい。
温度と量、それに手順を間違わなければ、
誰にでも同じ飲み物を作るコトが容易にできる。
しかも、ミルクで割ったコーヒーは、
時間がたっても味の変化が少ないのですね。
コーヒーは酸化が激しい。
落としたてでおいしくても、
すぐに酸っぱくなったり香りが失せる。
だからコーヒーカップの大きさは、
ティーカップより小さいことが普通だった。
けれどコーヒーフレーバーのミルクの風味は持続する。
だから恐ろしいほど大きなカップで一度にたくさん、
まるでソーダドリンクを売るように
売れるようにもなったのですネ。

いつもおいしく感じるコーヒーは、たのしいコーヒー。
コーヒーを味わうというより、
コーヒーをたのしむための空間だとか雰囲気だとか、
あるいはサービスだとかを磨いて、
お客様をよろこばせる店が
いろんなところにできたわけです。
この20年のコーヒー革命。
‥‥、というかミルク革命の物語。

ところでミルクが大好きなアメリカ人が、
ミルクを使わずコーヒーをおいしくさせる方法を
発明していた。
来週はそのお話をいたしましょう。



2015-04-09-THU



     
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN