025 たのしく味わう。その25
とんこつラーメンがパリで受ける理由。

肉や骨。
香り野菜をたっぷり入れて、
ぐつぐつ煮込んで煮込んで、
それら素材の旨みを水に溶かし出させる。
それをなおも煮詰めて旨みを凝縮させて
スープやソースを作る。

こう説明するとフランス料理のレシピのよう。
‥‥、なのだけれど、実はコレ。
日本が誇る「ラーメンのスープ」の取り方。
厳密にいうと、そのラーメンの中で今、一番人気のある
「とんこつラーメンのスープ」の取り方なのですネ。

豚の骨をガンガン炊く。
骨髄の中の旨味成分を取り出し煮詰めてコクを出す。
作り手によっては、骨を叩き、砕いて
味を出しやすいようにすることもある。
動物臭さをコントロールするために、ネギや生姜。
香りの強い野菜をくわえてぐつぐつ煮込む。



この「グツグツ」という部分が、
とんこつスープ作りで重要なところ。
骨の入った鍋を沸騰させる。
すると骨からにじみだした脂が一緒に沸騰します。
沸騰するということは、
鍋の中のすべての物体が
泡立ちながら撹拌されるというコトでもあります。

水と油、あるいは脂を撹拌するとどうなるか。
最初はまじりあわない両者が、
徐々にとけ合いやがてトロンと白濁しはじめる。
「乳化」という現象ですね。
ドレッシングの瓶をカシャカシャ振ると、
最初は別々だったお酢の層と
油の層が混ざり合ってクリーミーになる。
その現象を、沸騰した泡の力で手に入れる。

乳化した水と脂をそのままグツグツ沸騰させると
鍋の中の温度があがる。
水の沸騰は100℃です。
だから、例えばかつお節でとった出汁のような液体は、
どんなに鍋で沸騰させても100℃以上になることはない。
けれど、脂が混じった水は100℃を超えて温度があがる。
温度が上がった鍋の中では、
猛烈な勢いで脂肪やタンパク質が旨みに変わっていく。
それがとんこつスープの旨味の素‥‥、というわけです。

煮詰めれば煮詰めるほど旨味は凝縮、コクを生む。
だから何日もスープを煮詰める店もある。
当然、カサはどんどん減ります。
煮詰めるということは、
つまり、水分がどんどん
蒸発していくというコトですからネ。
鍋の中のスープは、2分の1になり3分の1になり、
そしてやっと丼の中に注がれるコトになる。

コストがかかります。
原料費という直接的なコストだけでなく、
水道代やガス代。それに鍋の前でスープの状態を
絶えず確認して作業する人の給料まで、
時間をかければかけるほどコストはかかる。
スープにこだわったラーメン屋は儲からない。
そういう業界の鉄則があったりもして、
なんとかとんこつ系ではないおいしいスープを作ろうと、
みんな一生懸命、試行錯誤をするのだけれど、
なかなかこのとんこつに代わるスープが見つからない。



コトコトグツグツ、煮込んで作るソースのコストが
経営を圧迫してしまいがちになるというコトは、
別にラーメンの世界に限ったことではなくて、
例えばフランス料理のお店が、
ヌーベル・キュイジーヌのような、
ソースにたよらぬ料理手法をひねり出した。
その理由のひとつが、
コストをかけぬ料理で経営を安定させたい‥‥、
って事情があったと考えることができるほど。

世界中でブームの日本のとんこつラーメン。
パリの人たちはラーメンのコトを、
麺の料理ではなくスープ料理と思って食べる人が多い。
そもそも麺がそれほど好きじゃないフランス人。
世界で一番おいしくないパスタを食べようと思えば、
パリに行けばいい‥‥、とさえ言われる街で、
ラーメンが受け入れられたのは、
おそらくコストのかかったスープの価値を
彼らがみとめたからに違いない。
麺を残して、スープだけをキレイに全部食べちゃう人が
続出しているのだという。
ところかわればなんとやら。

さて、そんなとんこつスープ。
コストと時間をかけたのに、
ときになやましいコトが起こってしまう。
来週おはなしいたします。




2015-08-27-THU



     
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN