026 たのしく味わう。その26
出汁がこわれる寸前に。

煮込めば煮こむほどおいしくなると言われる、
とんこつスープ。
だからお店によっては何日間も
ずっとスープを炊いている‥‥、
というコトを売り物にしているお店があったりします。

スープを炊き始めると一晩、眠らず、
ずっと火加減をみているんですよ‥‥、
という、ラーメン店の経営者がいた。
まるで窯に火をくべた陶芸家が、
眠らずずっと火加減をみているような、
ストイックな作業をするのも、
おいしいラーメンを作るための大切な仕事のひとつ。

スープを炊けば水は蒸発します。
どんどん煮詰まって、カサが減り、
当然、スープは濃くなっていく。
ただ、時間をかけて煮詰めるコトで、
スープの中のすべての要素が濃くなっていくかというと
そうじゃない。
香りやコク、風味は濃くなっていく。
ならば、旨みも? と思うと、これがそうではないのです。



スープの旨みの素はたんぱく質に含まれる様々な成分。
それらが水に溶け出して、
混じり合うコトで旨みが生まれる。
けれど煮込みすぎると味がこわれていくのです。
さまざまな成分、要素がつながりあって
出来上がった旨みの鎖。
炊き始めの頃は、互いのつながりは弱々しくて、
ところが熱をくわえられるに従って
鎖はどんどん頑丈になる。
ところがある瞬間。
熱をくわえすぎたり、時間をかけすぎたりすると
突然、鎖が切れる。

もともとたんぱく質の中の旨み成分は
強火で6時間ほども熱をくわえるとこわれはじめる、
とてもデリケートな存在で、
だから日本料理の調理人は出汁はひいたらすぐ使う。

お味噌汁をグツグツ、沸騰させちゃいけませんよ‥‥、
というおばぁちゃんの知恵。
食材の切り分けなどの下ごしらえを終えて、
これから営業をはじめようという、
そのタイミングで出汁をひくという、
プロの仕事の手順であったり。
出汁の旨みにこだわる調理方法の、ほとんどすべてが
「手早く作って、適温にして使い切る」
ということにこだわる。
それもこれも、旨みは壊れやすいものだから。



そうは言っても、老舗のおでん屋さんは何十年も。
お店によってはもう100年以上も出汁を
注ぎ足し使っているというところがあるのは、
どうしてなの?
時間がたったら旨みは壊れる。
なら、そういうおでん屋さんの出汁は
旨みをなくした出汁なのか?

100年以上もずっと炊いている‥‥、出汁ではない。
100年以上もずっと
「注ぎ足している」というところが大切なんです。
出汁はスープは炊けば炊くほどコクや風味がましてくる。
実はこのコク。
料理の世界では実は邪魔にされることがあるのですネ。
コクや風味がといえば聞こえがいいけれど、
言い方を変えると「雑味」。
純粋な旨み以外のいろんな味‥‥、
つまりそれが「雑味」であって、
素材そのものの持ち味を引き出すことで完成する、
日本料理の世界で雑味は嫌われる。

ちなみに、出汁を引くと日本料理の人はよくいう。
炊くのでなくて引くということ。
それは出汁素材の旨みを「引き出す」引くであると同時に、
「雑味を引く」ということでもある。
あぁ、なやましきかな、出汁やスープの世界、であります。

さて次回。
注ぎ足す‥‥、ということを少々、話してまいりましょう。




2015-09-03-THU



     
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN