前の晩から母が卵を用意してつくる、
朝食の目玉焼き。
子供はいつも1個なのに、ある朝ボクは
「今日はなんだか、玉子を2個食べたいんだ」
とダダをこねてみた。
すると母は自分の目玉焼きを、ボクにくれた──。
それは、そのときはじめて見た目玉焼きでした。
父がいる朝にはいつも目玉焼きを食べてたボクが、
なんで今まで、母が食べていた目玉焼きを見なかったのか?
母はボクの目の前にいつも座っていて、
見ようと思えば見るコトなんて簡単だったのに‥‥。
いや、見ようと思わなくても目に入って当然だったのに、
それまでのボクはそれを見ようとしていなかった。
今更のようにびっくりするボクに母が言う。
「シンイチロウはパパの目玉焼きの食べ方を真似するのに
一生懸命で、周りをまるで見てなかったのよね」。
確かに父が目玉焼きを食べる食べ方はとても独特。
しかもそれがとてもおいしそうで、
子供ながらに真似して食べれば
目玉焼きがもっとおいしくなるんじゃないかと思うほど。
玉子2個のサニーサイドアップを
真ん中からまずは2つに切り分ける。
切り分けられた右半分に塩をぱらり。
それも白身の部分だけに塩をほどこし、ナイフを当てる。
黄身に触るか触らぬか、ギリギリのところで切り分け
白身だけをまず食べる。
丸い目玉焼きが正方形に整っていく。
白身に縁取られたほとんど黄身の正方形。
フォークをお皿の間に滑りこませて
そっと黄身を持ち上げる。
それをそのまま口に運んで、パクッと口に放り込む。
父の口はしばらく動きを止めてそのまま。
卵の黄身はおそらく舌の上に置かれているのでしょう。
ゆっくり舌を巻き上げながら、
黄身を潰してゴクリと飲み込む。
顎がまるで動かない‥‥、つまり歯を使わず舌と口蓋、
喉で卵を味わう、その食べ方をボクは何度も試したけれど
子供の口には卵の黄身はいささか大きい。
口に入り切らずに崩れて、
唇やお皿をしたたかよごしてしまうのです。
悔しいけれど、どんなに繰り返しても
ナイフフォークさばきが上手になるばかり。
だから残りのもう一個の父の食べ方を
ボクは真似するコトにした。
まずトーストを一口大にちぎって左手に持つ。
右手でナイフを持ち上げて、
玉子の黄身の上にそっとナイフの刃をすべらせます。
真っ白に固まり黄身を覆う白身が傷ついて、
中から黄身が滲んででてくる。
それをすかさずトーストでぬぐってパクリ。
黄身を吸い込んだパンを食べているあいだに、
再びパンをちぎって
滲み出してくる黄身をぬぐってパクリと食べる、
を繰り返す。
目玉焼きの上の部分の黄身はサラサラ。
ほぼ生の状態で、パンにきれいに染み込んでいく。
パンに塗ったバターと一緒になると甘みがふくらんで、
ぽってりおいしい。
その黄身もフライパンに直接接する底に近づくに従い
黄身にも熱が入ってネットリしてくる。
のせた料理がさめないようにと、
良く温めた分厚いお皿のおかげでジックリ、
目玉焼きに熱が入り続けていくので、
黄身は一層、ぽってりと白身によりそい、
流れ出さなくなってくる。
その頃合いで、ナイフで十字に切り目を入れて、
目玉焼きを4つに切り分ける。
白身の真ん中にできた凹みの中にしっかり収まり
粘ってしがみつく黄身と一緒に、それらを食べる。
そのままフォークで口に運んで、
スベスベとした白身にネットリ、
黄身がからみついていく感じをたのしんだり、
トーストの上にのせて食べたりと
同じ目玉焼きも食べ方で異なる味になっていくのを
たのしみ食べる。
そして最後の一切れに、
醤油をほんのちょっとだけ垂らして食べて、
目玉焼きがなくなったお皿を
トーストでキレイにぬぐって食べ終える。
ボクがずっと真似して食べてた父の食べ方。
今日もそのように食べられることをお皿の上で待っている、
片面だけを焼かれた半熟目玉焼き。
その横に置かれた、
いつも母が食べているんだという目玉焼き。
一言でいってそれは、きたならしかった。
口に出していうと母に叱られそうで
決して言わなかったけれども、
父やボク用の白と黄色のコントラストが
クッキリとした目玉焼きに比べて茶色い。
裏返して両面を焼いていたのですネ。
実は母。
生っぽい玉子が苦手で、
だから自分で食べる目玉焼きは両面焼き。
しかも白身独特の匂いを生臭いと感じるからと、
胡椒をたっぷり使って作る。
どのくらいたっぷりかっていうと、
フライパンに油を軽く塗ってそこにまずたっぷり胡椒。
胡椒の上に玉子をそっと落としたら、
生のままの白身の上に胡椒をまんべんなくふりかけ蓋する。
水は注がず中火でジリジリ焼き上げて、
ヒックリ返して再び蓋して焼いていく。
だから玉子の白身の表面にまるで灰が降ったかのように
胡椒がちらかり、白身の縁が
チリチリ揚がったように焦げて仕上がる。
だから見た目はキレイではない。
ただ、食べてビックリ。
焦げた白身の甘いコト。
胡椒がたっぷり貼り付いていて、
子供の舌にはそれが辛くてちょっとビックリするけれど、
その胡椒の辛さも白身の甘みを引き立てていたのでしょう。
焦げた風味やサクサクとした食感もたのしく、
まるで違った卵焼きだった。
なにより黄身のどっしりとしておいしいコト。
表面の部分はカチッと固まっていて、
けれど芯の部分はしっとりしている。
味が凝縮されてる感じが、ボクには新鮮。
あっという間に食べてしまった。
その様子をみて母は質問します。
「明日はどんな目玉焼きを作りましょうか‥‥」と。
5歳にしてはじめて突きつけられた、大きな問題。
答えが果たしてでたのか、それともでなかったのか。
また来週でございます。
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