おいしい店とのつきあい方。

113 ごきげんな食いしん坊。その7
母の試行錯誤。

そう言えば、朝ご飯を作るとき、母はいつも
「いつもと同じ目玉焼きでいいのかしら‥‥?」
とボクらに聞いてた。
誰に対してというのではなく、
歌うようにちょっと節を付け明るい声で。

父はいつも同じ焼き方。
だからそれがもし本当に質問だったとしたら
子どもたちに対しての質問だったに違いなく、
けれどボクはそれに対して、
「うん、いつもので」と答えていたのです。
あるいは、答えることも
していなかったのかもしれなかったほど、
その質問は目玉焼きを焼く母の独り言のように感じてた。

母はボクたちがおいしいと思う目玉焼きを
作りたくってしょうがなかった。
だから「いつもと同じのでいいの?」と聞いていたのです。
父がおいしそうに食べている目玉焼きを
おいしい目玉焼きだと、ただ思い込んでいたボク。
母が毎日食べいてた目玉焼きを食べてはじめて、
今まで食べてた父好みの目玉焼きだけが
目玉焼きじゃないんだというコトがわかったボクは、
食べるものに対してはじめて悩んだ。

それまでも何を食べようか‥‥、
って悩んだコトはありました。
オキニイリのデパート食堂に母やタマ子さんに
連れていかれたときに、お子様ランチにしようか、
ナポリタンにしようか悩んだり、
食事の後をプリンにするか、
バニラアイスクリームにするか悩んだり。
結局、毎回、日の丸の旗がほしいからお子様ランチ。
ウエハースが食べたいから
バニラアイスクリームを選ぶのだけど、
それがやってくるまで
やっぱり別のにすればよかったとずっと悩んだし、
食べながらも別のがよかったのかなぁ‥‥、って悩む。

ただそういう悩みも、何を食べるのか決めてしまえば
「お子様ランチ」とか「バニラアイスクリーム」と
悩んだ結果を伝えればいい。
とても簡単。
けれどそのとき、母から突きつけられた質問に
悩んだ結果は、伝えようにもそう簡単に伝えられない。
食べたい目玉焼きの「状態」を
正しく伝えなくてはならないのです。

見た目は片面だけを焼いた目玉焼きが
キレイでいいなぁ‥‥、と思うのです。
でも白身は母が食べているように
焦げてサクサクしたのがおいしかった。
けれど母が好きな目玉焼きだと、
黄身のとろけ感を味わうことができないワケで、
つまり、父の目玉焼きと母の目玉焼きの
ちょうど中間くらいの目玉焼きが
多分、ボクの食べたい目玉焼きなんだろう‥‥。
そう予想して母に伝える。

「ヒックリ返さないで、パパとママのちょうど中間」

さぁ、それから毎日、
朝の台所はボクの目玉焼きの調理実験場のようになった。
実験の所与は次の通り。
玉子はひっくり返さない。
白身はよく焼き、サクサクした感じに仕上げる。
黄身の中心部分だけを半熟にする。
以上3つで、その実験の前にかならず母はボクに聞く。

「どうすれば、シンイチロウが好きな
目玉焼きができると思う?」

想像力を膨らませます。
その想像力を正しく膨らますことができるようにと、
母はヒントをボクにくれます。
長い時間、熱をくわえると黄身は固くなってくれるけど、
焦げてフライパンにくっついちゃうのネ。
だから蓋をしたり、お水を入れて
くっつかないようにしたり、油をひいたりするの。
一番簡単なのは
ヒックリ返しちゃうことなのだけどネ‥‥。

「それでシンイチロウなら、
どうやって玉子を余分に焼いてみるかしら?」

例えばフタをする前に注ぐ水の分量を
多くしたらどうなるだろう‥‥、って言ってみる。
「そうね、水蒸気の量が増えて長い時間、
蒸し焼きにすることができるから
玉子の黄身に程よく熱がはいるかもネ」
‥‥、といいながら母は焼く。
確かに黄身の芯だけ残して熱が入ってくれるけど、
白身はぶよぶよ。
水っぽい目玉焼きになる。
これは失敗。

ならば油を多めに入れて、
フライパンに玉子がくっつかないようにすれば
いいんじゃないかと思う。
そうしてもらうと、たしかに黄身の芯を残して
熱がはいってくれるけど、白身はバリバリ。
焦げて苦くて、しかも決してうつくしくない。
さぁ、どうしよう。

フライパンで焼いた目玉焼きを、
蒸すのではなく別のやり方で温め直すコトはできないかと
工夫もしました。
今ならオーブンの中に入れて
ジックリ熱を通すこともできるのだろうけど、
当時、家庭用のオーブンなんてなかった時代。
なにしろ電子レンジがこの世にまだない。
そんな昔の話です。
フライパンで片面だけを焼いた玉子に
アルミホイルをかぶせ、
魚を焼くためのグリラーに入れ焼いてみた。
これは案外おいしくて、黄身はネットリ。
旨みが凝縮されていておいしいのだけど、
白身が焦げることなく香ばしさに欠ける仕上がり。

それから毎晩、寝る前に、
どうやったらボクの理想の目玉焼きができるんだろう‥‥、
と考えながらベッドに入る。
最初は頭の中が目玉焼きで一杯になるのだけれど、
他の余計なコトを考えないですむからすぐに眠りに入れる。
母との理想の目玉焼き探しは安眠効果もあったワケです。
とは言え、いつまでたっても片面焼きにこだわっていては
理想の目玉焼きにはできそうもない。
5歳のボクは人生最大の決心をします。
目玉焼きをヒックリ返す。
その顛末はまた来週。

サカキシンイチロウさん
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出版社:ぴあ
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東京出店をせずに福岡にとどまる理由、
そして、これまでの1000店以上の新規開店を
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博多うどん東京進出シミュレーションを敢行!
その結末とは?
グルメ本でもあり、ビジネス本でもある
一冊となりました。

2017-05-25-THU