おいしい店とのつきあい方。

120 ごきげんな食いしん坊。その14
常連さんとのつきあい方。

「そう言えば、お父さんと一緒に
商売をはじめたばかりの頃。
こんなコトがあったのよね」

母が昔の話をします。

決して安くはないけれど、旨い店。
若い夫婦が一生懸命がんばってる
気持ちいい店というので、
徐々に、街の評判になりはじめる。
生まれて育った街じゃなかった。
商売をしようとやってきた街だったから、
頼れる知り合いがいるわけでなく、
すべてが一からのスタートで、
それでもおなじみさんと呼べるお客様が、
ひとり、そしてまたひとりと増えていくのがうれしかった。

「大きなお店でもなかったから、
いつも満席という人気の店になるのに
1年もはかからなかった。
いい時期だったのネ」

お客様のコトを思って正直に、
一生懸命がんばりさえすれば
努力が報われるシアワセな時代。

ところがある日。
ひさしぶりのおなじみさんが2人、
連れ立っておこしになって、
料理を食べて首を捻りながら何かを話してる。
母は気になって
「何か不手際でもございましたか?」
と、聞いてみたのだと言います。

「最近、この店の料理の味が変わったぞ‥‥、
っていう人がいてね。
随分人気が出てきて、忙しそうだから
手抜きをしているんじゃないか。
もう行かないほうがいいぞ‥‥、なんて噂を聞いて
どんなもんかと食べに来たんだけど、そんなことはない。
今までと一緒だよなぁ‥‥、って話してたんだ」

すわ、どこかのライバル店の嫌がらせかしらと、
「誰からその話を聞かれました?」と聞いてみたら、
頻繁にお店にやってきてくれている
おなじみさんの名前が出てきた。

「まさかあの人が、うちのお店の悪口を言うなんて‥‥、
ってにわかに信じるコトができないで、
ちょっと心配していたの」

そしたらなんと、そのお客様がやってきた。
おそるおそる、こんな話を聞いたんですが‥‥、
と聞いてみる。
すると申し訳無さそうな顔をしながら、
「悪気はなかった。最初は、応援してあげたい気持ちで
贔屓にしたし、知り合いに『いい店ができた』と
吹聴して回ってた。
そしたらみるみる、人気の店になってきて、
このまま行ったら気軽に来れない店になる。
それでちょっと悪口めいたコトを
知り合いに言っちゃったんだ。
こんな大ごとになるなんて‥‥。
昨日、こちらでその話をした友人から、
奥さんがだいぶ弱っちゃってるよ‥‥、
って電話があって、今日はお詫び方々、
一番いい料理を貰おうと思って来たんだ。
6人で座敷を借り切るコトはできるかい」

って、それで一件落着ってコトになった。

その出来事は、夫婦で「飲食店というモノ」について
真剣に話し合うきっかけになったといいます。

おなじみさんは大切なお客様。
何度も何度もくりかえし、
やってきてくれるお客様を大切にすれば経営は安定する。
おなじみさんは「いつものあれ」を注文しがち。
だから、「いつものあれ」を
いつも同じに作り続けることができれば
満足して、またお店にやってきてくれる。
厨房の中の仕事も安定するから、商売は簡単になる。

ただ、こういうことを言う人もいる。

常連のいない店はすぐに潰れる。
けれど、常連だけでいつもいっぱいになる店は、
そのうち必ずダメになる。

時代は変わる。
時代が変わるとお客様の気持ちも変わる。
好みも変わって、そういう変化についていけなくなると
お店は時代遅れになってしまう。
常連さんは変わることを嫌うから、
常連だけでいつも一杯になる店は
いつか時代遅れになって、必ずダメになってしまう‥‥、
という理由がひとつ。

おなじみさんは、自分たちと同じような
タイプの人と一緒に食事をするコトが
心地よいと感じる人たち。
だからお店の雰囲気が、
おなじみさんの雰囲気に
大きく影響を受けるようになってしまう。
新しいお客様が来づらい雰囲気になってしまうから、
そのうち敬遠されるようになってしまう‥‥、
という理由もあって、たしかに
「常連さんのワガママを聞きすぎて潰れたしまった」
お店は多い。

何十年も。
いや、何百年もメニューを変えないで
ずっと同じでやっていけている老舗がある。
そういうお店は有名な店。
その有名に惹かれて新しいお客様が続々やってくる。
老舗というのは何代も続くおなじみさんが
いてくれると同時に、絶えず新しいお客様がくることで
歴史がつながる。
それにどんなおなじみさんといえども、
老舗はお客様の意見に右往左往することはない。
聞きはする。
けれど自分のお店らしからぬコトに関しては
聞く耳をもたない確固たる自信があるから
歴史を超えてずっと存在できる。

「おなじみさんとの正しい距離感。
おなじみさんのワガママに左右されない
確固たるポリシーをもたなきゃいけないんだ‥‥、
とそのとき、お父さんと誓いあったの。
もう50年も前のコトよ。
‥‥そうそう、
舞妓ちゃん遊びが好きだったお父さんが
こんなコトを言ってたことがあったわね」

母は続けます。
一見さんお断りのお店の話における、
紹介者と紹介された人の関係。
そして習わし。

また来週。

サカキシンイチロウさん
書き下ろしの書籍が刊行されました

『博多うどんはなぜ関門海峡を越えなかったのか
半径1時間30分のビジネスモデル』

発行年月:2015.12
出版社:ぴあ
サイズ:19cm/205p
ISBN:978-4-8356-2869-1
著者:サカキシンイチロウ
価格:1,296円(税込)
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「世界中のうまいものが東京には集まっているのに、
 どうして博多うどんのお店が東京にはないんだろう?
 いや、あることにはあるけど、少し違うのだ、
 私は博多で食べた、あのままの味が食べたいのだ。」

福岡一のソウルフードでありながら、
なぜか全国的には無名であり、
東京進出もしない博多うどん。
その魅力に取りつかれたサカキシンイチロウさんが、
理由を探るべく福岡に飛び、
「牧のうどん」「ウエスト」「かろのうろん」
「うどん平」「因幡うどん」などを食べ歩き、
なおかつ「牧のうどん」の工場に密着。
博多うどんの素晴らしさ、
東京出店をせずに福岡にとどまる理由、
そして、これまでの1000店以上の新規開店を
手がけてきた知識を総動員して
博多うどん東京進出シミュレーションを敢行!
その結末とは?
グルメ本でもあり、ビジネス本でもある
一冊となりました。

2017-07-13-THU