おいしい店とのつきあい方。

121 ごきげんな食いしん坊。その15
野暮にならないように。

紹介者がなくては行けぬ店。

それを「選ばれた人が集まる場所」と思い込む人がいます。
その「選ばれた」が誰に選ばれたのか‥‥、
というのがちょっと厄介なところで、例えば単純に
「そのお店に選ばれた」と考えるコトができるのであれば
いいのですが、そうじゃないことが往々にしてある。

社会に選ばれた‥‥、とか。
成功者として選ばれた‥‥、とか。
そういう「選ばれた人」と思われたいから、
紹介者がなければ行けないような店に
自由に出入りできるようになりたい。
そう思って、一生懸命、
つてを頼って紹介してもらおうとする人がいる。

そういうお店のなじみなんだというコトが、
ちょっとした信用になって
人間関係がうまくいくようなこともある。
だとすると、仕事の役にもたつわけで
少々の出費や苦労を厭わず、
そういうお店の客になりたくなる。

ボクの父。
つまり母にとっての夫がそういう人だった。
事業にある程度、成功し、
それに従っておつきあいがかわってくる。
経営者の勉強会のようなものに出始めると、
さまざまな人との出会いがある。
代々続く著名な会社の経営者だとか、
羨ましいほどの資産に恵まれ
洒脱な遊びをしなれた人だとか、それはさまざま。
そういう人たちに誘われて、
花街と呼ばれる場所に出入りする誉れを
得たりもするワケです。

例えば京都の花街。
今でこそ随分、観光地化してしまったけれど、
当時は普通の人には近寄りがたい、特別な場所でした。
日本の大人男子にとって、
非日常的な究極の楽園とでもいいますか‥‥、
何度か知り合いに連れて行ってもらううちに、
父はすっかりその楽園の虜になった。
いつかなじみと言われるようになろうと
せっせとお座敷遊びに勤しんだ。
念願かなって「宮川町」という
京都を代表する花街のひとつに、
馴染みのお茶屋さんをひとつ持つことになったときには、
ボクもお座敷遊びデビューをさせてもらったりした。

馴染みの店ができると、
そこに誰かを紹介したくなるのが世の常で、
父もいろんな人を連れて行ったり紹介したり。
お客様を紹介するということは、
お茶屋さんの売上を増やしてあげるというコトでもあり、
その分、いい顔ができるから、それでせっせと。
ところがあるとき、そのお茶屋さんから手紙が届く。
受け取ったのは母でした。

お座敷遊びの代金がその場で支払われることは決してない。
非日常的な楽園に、お金のやり取りは無粋でだから、
後日請求書が送られてくる。
これも互いが信頼し合える仲であるがゆえに許されること。
請求書は、会社のお金も、家のお金も
一手に管理していた母の手元に当然届く。
その請求書の中に一枚、
こういう文面の手紙があったんだというのです。

いつもご贔屓になっております。
先日、ご紹介いただきましたお客様の
お支払が滞ってございます。
何度も連絡申し上げておりますが、
ご誠意のあるご返答も頂戴できず、
つきましてご紹介者のサカキさまに
お立て替えいただけぬかと存じ、
恐縮ではありますがご連絡申し上げました‥‥、と。

丁寧ながらもキッパリとした文面で、なるほど。
紹介者になるということは、
ここまで責任を伴うことか‥‥、と父もビックリ。
軽々と人を紹介なんてできないんだなぁ‥‥、
としみじみ反省したらしい。

それからしばらくして、
ひさしぶりに京都に行って帰ってきた父。
柄にもなくクシュンとしていて、
どうしたのと母が聞くと、
「叱られちゃった」と言うのだそうです。

紹介した人が使った代金まで責任をともなう紹介者という、
その責任の重さから、
自分が紹介した友人が最近来たのか?
いいお客様としてふるまっているのか?などなど。
根掘り葉掘りとお茶屋さんの人たちに聞いたんだという。
それでピシャリと叱られた。

うちにお越しになる方は、
一歩、入り口をくぐれば
すべての秘密が守られると思って来られる。
だから他のお座敷のコトを聞かれても、
一切答えることをしないことで、
私たちはお客様の期待に応える。
だから詮索好きは野暮な人。
嫌われますよ。
遊び慣れたお客様は、
たとえお手洗いへの道中で知り合いとすれ違っても、
挨拶もせず、見なかったことにする。
ここでの見聞きは口外しない。
その習わしに前向きに協力してくれるお客様こそ、
いいお客様。

紹介した人がそこでどうふるまおうが、
そのコトに関心をもって詮索するのは野暮天のすること。
お店に迷惑がかかったときは連絡がくる。
便りのないのはよい便り。
そういうガマンができない人は、
この街にくる資格のない子どもです‥‥。

「『そんなふうに言われたんだ。
オレもまだまだ、勉強したよ』って、
あんな謙虚なお父さんて、
先にも後にも見なかったわねぇ‥‥」と母は言いました。

お店のおなじみなるというコト。
それはすなわち、おなじみさんとして
お店のためになることを考えながらふるまうコトで、
それがなによりむつかしいこと。
母と2人でしみじみ思った。

さて来週から、また「食いしん坊」が戻ってきます。
サンドイッチの話をしようと思います。

サカキシンイチロウさん
書き下ろしの書籍が刊行されました

『博多うどんはなぜ関門海峡を越えなかったのか
半径1時間30分のビジネスモデル』

発行年月:2015.12
出版社:ぴあ
サイズ:19cm/205p
ISBN:978-4-8356-2869-1
著者:サカキシンイチロウ
価格:1,296円(税込)
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「世界中のうまいものが東京には集まっているのに、
 どうして博多うどんのお店が東京にはないんだろう?
 いや、あることにはあるけど、少し違うのだ、
 私は博多で食べた、あのままの味が食べたいのだ。」

福岡一のソウルフードでありながら、
なぜか全国的には無名であり、
東京進出もしない博多うどん。
その魅力に取りつかれたサカキシンイチロウさんが、
理由を探るべく福岡に飛び、
「牧のうどん」「ウエスト」「かろのうろん」
「うどん平」「因幡うどん」などを食べ歩き、
なおかつ「牧のうどん」の工場に密着。
博多うどんの素晴らしさ、
東京出店をせずに福岡にとどまる理由、
そして、これまでの1000店以上の新規開店を
手がけてきた知識を総動員して
博多うどん東京進出シミュレーションを敢行!
その結末とは?
グルメ本でもあり、ビジネス本でもある
一冊となりました。

2017-07-20-THU