おいしい店とのつきあい方。

011シアワセな食べ方。 その2
「おいしい」は魔法の呪文。

「子供の頃のシンイチロウは、
どんなに不機嫌なコトがあっても、
食べるものを手渡すと、
天使みたいなニコニコ顔になったのよネ。
食べてるときのあなたの笑顔は、
どんなに辛いことがあっても
苦労が吹き飛ぶようだった。
あんな笑顔で食べてくれたらうれしいわねぇ‥‥」

母は言います。

「でもついさっきまで、
カッコつけてニヒルに食事をしていた
思春期のオトコノコが、
すぐに笑顔になんてなれない。
どうやってもぎこちない作り笑顔になってしまう。

笑顔ってネ。
作ろうと思えば思うほど、引きつり顔になるの。
顔は言葉の出口。
さみしい‥‥、ってつぶやけば
心配そうな顔になるし、
たのしいって口にすれば
顔は自然とたのしい顔になる。
食卓に笑顔を呼ぶ魔法の言葉は
『おいしい』のひとこと。
料理を食べて、おいしいって言ってごらんなさい。
必ず顔はニッコリするから。
おいしいっていう気持ちが
顔をほほえませてくれるし、
なにより、おいしいって言うと
自然と口角があがって笑顔のようになるものネ」

そういわれてボクも「おいしい」と呟いて、
そしてニッコリ。

「そう、その笑顔!」

母はにこやかにボクの
「おいしい」と「笑顔」を褒めながら話を続ける。


「家族で囲む食卓は、とても特別な食卓なのネ。
だって、みんなが同じ料理を分け合い
食べるのが家庭の食卓。
自分が食べている料理を、
『おいしい』と笑顔でたのしむことは、
同じ食卓を囲む家族の料理を
おいしいと褒めてあげるのと同じコト。
それをおいしいのかどうかわからない、
ぼんやりとした顔や態度で食べることは、
自分が食べてる料理はおいしくないのかしら‥‥、
と家族を不安にさせるコト。
おいしい笑顔は、テーブルを囲む人たちに対して
礼儀を払うってことでもあるのネ」

たしかに「おいしい」と言うと、
食べた料理のおいしさが、
口の中で一層ふくらむような気がする。
おいしい料理をおいしくたのしむ。
すると自然に笑顔になっていくのが本当におもしろく、
「おいしい・ニッコリ」を繰り返してたら、
呆れ顔で母が言う。

「『おいしい』ばかりを言われ続けると、
なんだか気恥ずかしくなっちゃうのよね。
ワタシの料理がおいしいのは当然なコト。
どうおいしいのかを言ってくれると、
料理を作るはげみになるわ」
‥‥、と。

それでボクは、
これは噛み心地がたのしいネ‥‥、とか。
香りがよくて、最後の酸味がおもしろいネ‥‥、
と、感じたことを口にする。
母はそれに対して
「そうね、なるほど、そうかしら」
って相槌をうちつつ、ずっと笑顔でたのしそう。

そのたのしそうな顔をみてると、
ボクの気持ちはどんどん明るく、
その明るさが笑顔をますます明るくしてく。

「ところであなたは、
いつもご飯を一口分だけお茶碗に残して、
食事のしめくくりするのはなぜ?」

確かに当時、
ボクは食事の最後は必ず、
一口分のご飯で〆(しめ)てた。

「最後に食べた料理の味が
食事を終えても残るでしょう?
どの料理の味を最後に残せばいいのか、
考えながら食べてると食事をたのしめなくなる。
だからご飯を最後に食べるコトにしてるんだ」

‥‥ってそう答えたら、
本当にあなたはユニークな子‥‥、ってクスリと笑う。

「それからあなたは、
醤油やソースをかけるのでなくつけるのが好きよね」

それは、一旦かけてしまうと、
もとの味に戻せなくなる。
かけすぎたときには
とりかえしようがなくなっちゃうし、
同じ料理を醤油やソースで
味を変えながらたべることもできる。
そう答えるボクのかたわらには、
いつものように調味料を注いでおくための
小さなお皿が2枚おかれているのに気づく。

「台所に立つ、おかぁさんとしてのワタシの仕事は、
料理を作ることじゃなくて、
作った料理をみんなが
たのしく食べてもらえる工夫をすること。
だからあなたが好きなものに嫌いなもの。
好きな食べ方、苦手な食べ方。
みんな知ってる。
あなたのコトだけじゃなくて、
ワタシの家族のことはみんな知ってる。
同じ料理を食べていても、
誰ひとりとして同じ食べ方をしない。
目の前にいる人が、どんな食べ方をしているのか、
観察すると本当にたのしいのよ」

‥‥って。

「あなたの前にいる人を、愛情をもって観察なさい」

来週のお話です。

2018-01-18-THU