おいしい店とのつきあい方。

012 シアワセな食べ方。 その3
食卓で観察すべきは、顔じゃない。

母に言われました。

「あなたの前にいる人を、愛情をもって観察なさい」

人間観察は好きでした。
今でもそう。
世の中に、「人」ほど興味深い観察対象はほかになく、
町に出て退屈することなんてまずない。
観察した人を主人公にした物語を
勝手に作って楽しんだりすると、
あっという間に時間が過ぎる。
お金のかからぬ娯楽で、母とも互いが考えた物語を
披露しあって楽しんだりする。
お金のかからぬ無邪気な娯楽。
だから人間観察は得意と思い込んでいました。


そう言えば、母を観察したことはなかった。
いつもたいてい、ボクの目線は母と同じ方に向かって、
同じ観察物を見ていたから
母をずっと見つめたことはなかったのです。

自慢の母です。

ちょっとウェイブのかかった豊かな髪を
いつもキレイに整えて、白くて明るい肌の卵型の顔。
ポッテリとした唇が開くと小さな八重歯がみえて、
何かを食べるとまず眉毛があがって目を見開いて、
次の瞬間に目を閉じる。
じっくり味わいながらゆっくり目をあけニッコリとする。

「この前の参観日でも、
サカキくんのおかぁさんは若くてキレイって
みんなに言われて鼻高々だったもんな‥‥」

なんて思ってじっと母の顔を観察してた。

「おかぁさんって口の左側で噛む回数より、
右側で噛む方が多いね」

‥‥、ってボクは観察結果を口にする。

「ワタシも気づかなかったようなコトを
教えてくれてどうもありがとう」

母の声、話し方はいかにも呆れたようで、
呆れついでにこうボクに言う。

「食卓の向かい側に座った人の顔を
しげしげ観察するのは
相手が恋人のときだけにしなさいな」

って。

人を観察するのは、
その人をシアワセにするきっかけを探すため。

あまり親しくない人なら、個性を探す。
個性の中には、会話のきっかけがあるのですね。
会話のある食卓は華やかでシアワセな食卓。
だから個性をまず探す。

個性もよく知ったなじみの人でも、
そのときどきで気持ちのムードが変わるもの。
ムードというのはその人がしてほしいコトを
暗に伝えるメッセージ。
メッセージがわかれば、
快適に食事をすすめる手助けを
してあげることができるのですね。

互いが助け合える食卓はステキな食卓。
だからムードをたえず感じる。

顔をどんなに観察しても、
そのきっかけが必ず見つかるとは限らない。
特に社交の場ではつまらなくても、
たのしそうな顔をつくろうと人はするもの。

「そうでなければ、最近のあなたのように
顔の表情をかえない人もいたりする。
だから相手の手元を見つめるの」

そう母は言いました。

人お箸の先には個性が宿る。
一口分の大きさ、ボリューム。
食べるペースに食べる順番。
お箸の先を見ていれば
その人らしい食べ方が自然とわかる。

箸が動くスピードや、
箸先にあらわれるちょっとしたためらい。
あるいは勢い。
今日は食欲がないのかなぁ‥‥。
苦手なものがお皿の上にあるのかも‥‥、
って思うと何かしてあげようかって気持ちが動く。
洋食レストランではそれがナイフとフォークの先になる。
サンドイッチやハンバーガーを食べるときには
手の指の先。

当然、指もフォークもお箸も最後は、
料理を口に運んでく。
お皿から胸元を経由して顔から口。
その日の装いも、顔の表情、
口元の様子までもが自然に観察できるのですね。
不躾でない自然な観察。

「あなたの前にいる人を、愛情をもって観察なさい」

‥‥のその方法は、
あなたの目の前にいる人の手元を
観察なさいというコトでした。

それは実は食卓の上だけでなく、
ビジネスの場でも通用したりするのです。
名刺の交換。
指先から出会いははじまり、
その人それぞれの最初の個性が
遺憾なく発揮されるところも指先。
会議の場でも指先、
あるいはペン先はとても饒舌。
書類の扱い方や文字の書き方、
スピードそしてそのタイミング。
顔をどんなに睨みつけても
わからぬコトを教えてくれる。

この原稿を書きながらキーボードを打つ手を見て、
指先はいつもキレイにしておかなくちゃと
あらためて反省しました。
寝る前にちょっとヤスリをかけておきますか。
また来週。

2018-01-25-THU