かつて居酒屋は
「カウンターをどれだけ魅力的でたのしい場所にするか」が
繁盛の秘訣と言われていました。
ひとり客が多かったのです。
仕事を終えて、フラッとお店にやってくる。
仕事をウサを晴らすのか。
明日の元気を得るためにお酒の力を借りるのか。
とにかく、サラリーマンがひとりで
カウンターに座って飲む。
カウンターの中には厨房やお酒を作る場所があり、
気のいいおねぇさんとかおばさんとかが
やさしく、あるいは元気に声をかけてくれる。
気に入ってくれれば何度も何度も通ってくれる。
飲みにくるのでなくて、
お店の人に会いにきてくれるのがひとり客。
今でも日本のいたるところにある大衆酒場や
立ち飲み居酒屋には今でもそういう人たちが集まって、
店をにぎわす。
今でもひとりで飲む人たちは
人とのつながりを求めてお店を探す。
そしてつながりの糸がみつかると、
それがどんなに細くとも
それをたぐってずっとつながっていようとする。
ひとり客は今も昔もロイヤリティの高い、
居酒屋にとってよいお客様。
ただ「ひとり客という市場」は年々小さくなる。
なのにひとり客を狙ったお店はどんどん増える。
競合は激しくなっていく一方で、
それで彼らは「カウンターのたのしい店」が狙わぬ層、
そんな人たちがたのしめる店を作ろうとする。
それはちょうど、ひとりで昼食を食べるサラリーマンを
対象にしていた時代が、
ファミリーレストランに取って代わられて
外食産業の時代がやってきたのと同じ感覚。
友だち同士。
会社の同僚、仲間同士。
それが「居酒屋における家族」の実体。
ひとりじゃなくて3人、4人、5人、6人。
これが居酒屋にとっては好都合。
なぜなら、サービスは「ひとり」ずつではなく、
「ひと組」単位で提供されるから。
だからファミレスでは
「同時同卓にこだわる」というサービスの原則が守られる。
ところが居酒屋は
同時同卓という原則から開放された飲食店。
ほとんどの商品が、
ひとテーブル分ひと皿に盛り込まれてやってくる。
だからひと組あたりの人数が増えれば増えるほど、
少ない人数でサービスを提供できる‥‥、
つまり生産性が高くなるということを発見する。
それでグループ客が居心地良いように
テーブル席を中心の店作りをするお店が増える。
プライバシーをたのしめるよう、
テーブル間に仕切りをつけたり、
個室を増やしていったりと、
今の居酒屋チェーンの原型が完成したのが
1990年代の半ばのこと。
しかも「居酒屋における家族」は、
居酒屋にとって、とても都合のいい特徴をもっていた。
ファミリーレストランにやってくる
「いわゆる家族」の財布はひとつ。
3人家族であろうが5人家族であろうが
その中のひとりの財布からお金が支払われる。
ところが居酒屋に集まるファミリー的な人たちは
基本、割り勘。
つまり、人数分の財布を相手に商売ができる。
客単価という言葉があります。
ひとりがいくらのお金を使うか、という単位で、
安ければ気軽に使えて来店頻度も当然あがる。
高ければ逆。
飲食店のコンセプトを考える際、
客単価がどのくらいのお店にするかということを
お店の人たちはまず決める。
客単価から想定される平均的な来店頻度は、
500円くらいなら毎日。
1500円なら週に数回。
3500円で週に1度。
5000円を超えると月に1、2度。
それが外食産業がはじまったときの考え方だったんだけど、
実はそれは「ひとり」が払う単価ではなく、
「財布ひとつ」が払う単価だったということに
気づき始める。
ひとりで食事する機会が多い平日ランチの単価は
「ひとり単価」。
けれどファミリーでする
週末のファミリーレストランで支払う単価は「財布単価」。
かくして、ファミリーレストランの料理の価格は、
どんどん下がっていったのです。