笑顔には「本能」としての笑顔と
「社交の手段」としての笑顔がある。
気持ちいいとかウレシイとか、
湧き上がる感情が顔の表情に作用して笑顔を作る。
それが本能的な笑顔。
意識や練習をしなくても自然にできる笑顔でもある。
一方、社交の手段は感情ではなく「意識」を伝える笑顔で、
「ありがとう」という感謝の気持ちや、
「ワタシはあなたのことを好ましく思っていますよ」
という気持ちを言葉以上に饒舌に、
相手に伝えることができる。
そしてその社交の手段としての笑顔は、
人と人との付き合いの中で学んで出来上がっていくモノ。
前回で母が
「かわいらしい笑顔でないと
気持ちを伝えることができないから」
と一生懸命、鏡に向かって練習したのがそういう笑顔‥‥、
というわけです。
ボクは外食産業でサービスを目指す人たちを
教育する仕事もしていました。
よいサービスマンになるには2つの資質が必要。
ひとつは、うつくしい後ろ姿。
もうひとつは、顔の表情が豊かで特に笑顔が似合うコト。
うつくしい後ろ姿は、姿勢の良さのあらわれで、
お皿を持つ、運ぶ、テーブルにセットする、
お辞儀をしたり、どうぞとお客様が座るべきテーブルを
指差すといったサービスにつきものの
動作、仕草を良き姿勢はうつくしくする。
それに顔の反対側にあるのは背中。
しかも人体の中でも大きな面積を占めるのが
背中という部分ですから、
その表情がうつくしいかどうかは、
お客様に与える印象を大きく左右するものです。
サービススタッフがお客様に近づくときは、
当然、体の正面をお客様に向けます。
けれどサービスを終えて客席から去るときは背中を見せる。
つまりサービスは、顔ではじまり背中で終わる。
その背中の表情がどんなにうつくしくても、
笑顔が似合わぬ顔ではサービスの魅力は半減。
だから笑顔が似合う表情豊かな人の
サービススタッフとしての資質は高い。
そういう彼らにまず伝えるのが、
自分の笑顔に甘えないよう‥‥、ということでした。
笑顔にはいろんな笑顔があって、
人に与える印象や、それが伴うメッセージが違うもの。
だからその場、そのときに合わせた笑顔を
身に着けなくてはならないんですよ‥‥、
と、つまり「社交の手段」としての笑顔を
取得しようと促す。
そしてその勉強の場としてレストランの客席は
すばらしい場所なんですよと彼らに教える。
お店でステキな時間を送りたいと
こころから願うお客様は笑顔を作る。
その笑顔はシチュエーションに応じて様々です。
はじめてのお店に入ってくるときの、
緊張を帯びた作り笑い。
お店の人にでむかえられて名前を告げて、
どうぞこちらへと席に案内されながら、
やさしさに接してホロっと浮かべる安堵の笑顔。
メニューをひらいて料理の名前を読み上げながら、
なににしようと浮かべる好奇心に溢れた笑顔。
お店の人が料理の説明をしながら
注文をひとつひとつとっていく、
その見事な知識と手際に対する信頼の笑顔。
うつくしい料理がテーブルに運ばれたときの驚きの笑顔。
そして口に運んで味わって、
心から満足したときのシアワセに満ち溢れた笑顔。
シェフが挨拶に出てきたときに、思わず浮かぶ尊敬の笑顔。
感謝の笑顔に、同じテーブルを囲み
シアワセな時間をともに過ごしたパートナーたちに向ける
愛に満ちた笑顔。
レストランの食卓の上や周りには
いろんな種類の笑顔が溢れて満たされる。
それぞれの笑顔に対して、
「あなた」はどんな笑顔で答えるのでしょう。
サービスにおいて表情豊かであるということは、
笑いの種類が豊かであって、
その場、そのときにあわせて最も適した笑顔が選べること。
だから客席を彩る笑顔を観察するのも仕事ですよ‥‥、
と昔はずっとそう教えてた。
ところが今のレストランには笑顔の分量が
かつてに比べて圧倒的に少なくて、
それはすなわちお店でサービスを目指す人たちの
勉強のチャンスがやせ細ってしまっていることに
ほかならない。
残念ながらその打開策はなかなか見出すことがかなわず。
また来週といたします。