「館」(やかた)。
いろいろな館があります。
郊外のショッピングモールも館であれば、
駅ビルのような場所も館。
感覚的には中世西洋社会の
城壁都市を思い浮かべればいいでしょうか?
外敵から市民を守るために強固な砦で都市を囲む。
市民は都市の厳しいルールや、互いが互いを感じ合う
若干の窮屈を受け入れなくちゃいけない。
ただルールを守りさえすれば、
身の安全は保障されるから
みなよき市民であろうと積極的に努力する。
城主は館の経営者。
市民はテナント。
テナント会はあたかも都市の自治組織のような関係。
その頂点にあるのが「百貨店」という館で、
老舗有名百貨店であればあるほど城壁は堅牢で、
ルールは厳格。
多岐にわたるルールのひとつに
「テナント構成の基準」があります。
老舗といえども街のムードや
飲食業のトレンドに無関心ではいられない。
お客様が食べたいと思うものを過不足なく
揃えて差し上げることが
百貨店という存在の使命のひとつでもあるから、
定期的にテナントの入れ替えをする。
ただ駅ビルや商業テナントビルのように柔軟ではなく、
やはり保守的。
ファッションにおいても
百貨店に置かれるべきブランドと
そうでないブランドがあって、
例えば渋谷の109でどんなに人気があって
売り上げをとっていても百貨店には呼ばれない。
‥‥、というのと同じ。
今、「街」の飲食店経営者がやってみたいなぁ‥‥、
とチャンスを感じる業態といえば
次のようなメニューのお店。
タイ料理やベトナム料理と言った
「アジアンエスニック」という料理。
あるいはメキシコ料理やアメリカ南部の郷土料理。
グルメなハンバーガーショップや
パンケーキが売り物のハワイ料理のお店。
日本の料理で言えば「牛たん専門店」
なんていうのも確実に市場が膨らんでいる業種。
けれど老舗百貨店という館の中にはなかなか登場しない。
なぜなんでしょう。
百貨店という「館」には
直接競合するような店を入れてはならない。
決して侵してはならない原則です。
そして館にくるお客様のほとんどすべての人が
あってほしいと思う料理は3種類。
日本料理。
西洋料理。
中国料理。
言い方をかえればこの3つの料理を扱う店が
それぞれ1軒づつ、都合3軒あれば
ほとんどのお客様からの不満は出ないということになる。
でもこの3軒だけではさみしいですよね。
じゃぁ、3種類の料理以外の料理が思いつくか‥‥、
というとピンと来ない。
お客様が知らない料理を売ってもそれは独りよがり。
ならばと考えつくのが、それぞれの料理を
「専門料理に分解」できないか? というコト。
例えば西洋料理であれば
洋食とフランス料理とイタリア料理。
これでたちまち3軒分の業種ができる。
日本料理はもっと多彩で、
和定食に天ぷら、寿司、とんかつに蕎麦と
あっという間に5軒分。
なんだったら京料理とか会席料理なんていうのを加えれば
7店舗もできてしまう。
そこに牛たん料理なんて新参者が
分け入る隙間はないことになる。
だって、うちの館には牛たん料理店はあるけれど、
とんかつ屋さんはないんです‥‥、
ってそれで納得するお客様は少数派。
西洋料理の世界でも、
最近話題のスペイン料理の食い込む余地はほとんどなくて、
もしもう一軒、出店できるとしたら
おそらくステーキレストラン。
でも同じ肉を売るのだったら、
しゃぶしゃぶやすき焼きのお店があった方が
幅広い年齢層に支持されるよなぁ‥‥、
なんてことでテナント構成が決まってく。
難しいのが中国料理。
街場にでれば四川料理の専門店とか、
いやいやうちは広東料理と
特徴のある料理を売り物した店が多彩にあるのだけれど、
館の中においてはあくまで「中国料理は中国料理」。
だからかなり飲食店の数が充実している館の中にも、
中国料理のお店の数は極めて少ない。
せいぜい点心が売り物の
カジュアルな中国料理のお店が
2軒目として出店するくらいかなぁ‥‥。
かと言って、タイ料理やベトナム料理のような
アジアのレストランは呼ばれることが少なくて、
アジアの料理は中国料理がひとりで代表している状況。
ただ数年前に新宿の世界で一番売り上げのある
百貨店の食堂街に、韓国料理の専門店が入ったときには、
あぁ、やっと韓国料理も専門料理として
ゆるぎない立場を獲得したんだなぁ‥‥、
と感慨深く思ったものです。
百貨店のレストラン街はつまり、
日本における「料理成熟すごろく」のあがりの場所‥‥、
ということができるのでしょう。
さてその館に出店するって、どういうことか。
街に出店するのとどこがどのように違うのかを
来週お話いたしましょう。
2020-08-06-THU