おいしい店とのつきあい方。

032 破壊と創造。その10
やあやあ、我こそは!

原始時代から現代に至るまで、
洋の東西を問わず、
戦いを描いた映画やドラマは数しれず。
そこで描かれる戦いのプロセスの中で、
ボクが一番好きなのが「名乗り」のシーンです。

遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ。
我こそはどこそこの国のだれそれの配下、
○○の丞なるぞ‥‥、と相手に対して名乗る行為で、
この名乗りをしている間は武士の礼儀として
決して攻撃してはならないという決まりもあった。
戦う互いが名乗り合い、それから始まる戦い。
なんて正々堂々としてステキな戦い方なんだろう‥‥、
といつも感心させられる。

ただ、名乗るからにはある程度、
名の知れた人でなくては
「聞けと言っているけど、あの人、誰?」って笑われる。
それに名前を告げただけではただ自己紹介。
今、自分はどのような経歴の持ち主であるか。
誰のためにここにいて、
その目的は一体なにかを正しく伝えることをしないと、
戦いの大義が立たない。
それらのことを堂々と。
よどみなくすらすらと申し立てることができて、
名乗りがはじめて成立するという次第。

存外に大変な仕事です。

完璧な名乗りをレストランという戦いの場で
行うとするならば、おそらくこんな具合になる。

自分の名前。
自分のレストランで食事をすることに対する経験値は
どのくらいのレベルにあるのか。
つまり、今までどんなお店を好んで使い、
どうたのしんできたのか‥‥、というようなコト。
そして今日はどういう目的でこの店を選んだのか。
何名ともなってやってきたのか。
そしてどのくらいの予算の心づもりでここにいるのか‥‥、
と、このようなことをわかりやすく、よどみなく。

予約をしないで、なんの準備もせず行った
お店のドアを開けて、
これだけのことをスラスラと言うことはとても大変。
ボクはちょっと自信がないなぁ‥‥。
それにもしお店のドアを開けた途端に、
これだけのことをスラスラと口上のように喋り続ける人が
目の前に立っていたとしたら、
お店の人も面食らうだろうなぁ‥‥、っても思う。

はじめて行く店。
あるいは、まだ馴染みではない店で、
上手な名乗りをするタイミングは予約段階。
予約の電話でならば、
多くの情報を自然に伝えることができますものね。

ちなみに、名乗りを行っている間は、
大切な観察の時間でもある。
戦場にあっては、軍勢の規模や陣形を観察して、
相手もなかなかやるものだわいと感心しながら、
戦いの戦略を立て直したりする。
相手に見くびられぬよううつくしく立派な装束に身を包み、
「我ここにあり」と自己主張し、
それをもって戦局を自分に有利なように持ち込んでいく。

お店に予約の電話をかけて、電話の向こうの気配を伺う。
厨房で調理する気配や、お店のざわめき。
お店に入った瞬間に、目に入るスタッフの数。
スタッフの装いに、テーブルについたお客様の姿や様子。
おいしい戦いを有利にすすめていくための、
さまざまな手がかりを注意深く観察しつつ、
戦法を構築していく。
「ただしい名乗り」の仕方を
これからしばらく一緒に考えていきましょう。

まずは電話で名乗る方法。
まこと重要なことですゆえ、街を歩きながらなんて言語道断。
スマホ、携帯でどこでも便利に予約の電話を
かけることができる時代だからこそ、
静かな場所にじっくり腰を据えて電話をかける。
かたわらには手帳とペン。
カレンダーのこれから予約をしようと思う日にちの
ページを開いてかける。
さて来週。
手帳とペンと電話と予約。
ご一緒に。

2020-11-05-THU

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