おいしい店とのつきあい方。

037 破壊と創造。その15
Tボーンステーキは鰻の蒲焼きである。

そもそも、どういう料理が悪巧みに向いているんでしょう?

例えば先週紹介した
悪巧み用の個室をもったレストランが
ステーキレストランだったということ、
これ、とても大切なことなんですネ。
フランス料理やイタリア料理のコースが自慢のお店は、
悪巧みをするのにいささか都合が悪いのです。

フランス料理なら前菜があってスープ、
魚料理に肉料理と、コースは最低でも4皿構成。
イタリア料理でも冷たい前菜に温かい前菜、
パスタにメイン。
店によってはデザートまで10皿近い料理が
提供されるところすらある。

ノーサービスでお願いします‥‥、と言っても
料理が完成するたびお店の人がやってくる。
次の料理を出すタイミングを探るために
ノックと共に部屋のドアが開けられることが
あるかもしれない。
そうでなくともドアの前で、
お店の人が中の様子に聞き耳を立てている‥‥、
なんてことも考えられる。
気が気でなくて、声はひそひそ声になるし、
たくらみ話も料理提供のたびに途切れて集中できない。

ならばダイナーやコーヒーショップのような
簡便な食堂スタイルの店の料理はどうでしょう。
ハンバーガーなら提供回数は一度切りです。
そうでなくても前菜やサラダに
メインディッシュで食事は終わる。
しかも提供時間は短くてすみ、
食事を終えてからたっぷり
プライバシーをたのしめばいいじゃないか‥‥、
という考えもある。

ただ‥‥。

満腹でシアワセな気持ちになって、
それでもなお悪巧みができるかというと、
決してそんなことはない。
空腹状態だからこそ頭は回る。
その状態でお酒が入ったりすれば、
世界征服も夢じゃないかと思えるほどに気持ちは大きく、
より悪いことを考えることができるもの。
だから「より長い空腹」をたのしませてくれる料理や
お店が悪巧みにはぴったりだ‥‥、ということになる。

ステーキはおいしく焼き上げるのに時間がかかる料理です。
肉が上等であればあるほど、
分厚ければ分厚いほど、
大きければ大きいほどかかる時間は長くなる。
焦がさぬように、時間をかけて芯まで熱を通していく。
焼いたばかりの肉を切ると、
肉汁が流れ出してしまうから時間をかけて休ませて、
肉の状態が落ち着いてから提供をする。
普通のステーキでも30分。
分厚いティーボーンステーキなんかをたのんだら
50分から小一時間待つことを
覚悟しなくちゃいけなくなる。

その小一時間を料理を食べてたのしめるような
メニューを揃えた店もあります。
けれど大抵のステーキレストランでは
サラダを食べてひたすら待つ。
サラダ以外のたよりといえばたのしい会話。
悪巧みをするのになんたる好都合。
注文をして10分でサラダがやってきて、
50分後にステーキがやってくるまでの40分。
プライバシーが保証された時間を思う存分たのしめる。

場所を日本に移すとどうなるでしょう。
出来上がるまでに時間がかかる。
それも小一時間。
他にこれといった料理を食べるでなく、
ただひたすら待つことが条件で
おいしいものにありつける料理。

江戸前の鰻にとどめをさすに違いない。

注文を受けてからさばく。
串を打って焼く。
焼いたら蒸して余分な脂を落としながらやわらかくさせ、
最後に焼いて仕上げていく。
調理に要する時間は40分から50分。
う巻きだったりうざくだったりをつまみに、
日本酒をちびりちびりとやりながら待つ。
まさにアメリカにおけるTボーンステーキは日本の蒲焼き。
さすがに今では短い時間で提供できるようにと、
あらかじめ蒸した状態まで調理して
お客様を待つ店がほとんどになった。
けれど政治の中心、永田町界隈には
未だに注文を受けてから鰻を割き、
焼き、蒸して焼くことにこだわる鰻屋が残ってる。
ほとんどが個室。
庭に面して離れのように客室が配置されていて、
お忍びの客は庭から直接、座敷にあがることができる。
当然、玄関を通らず帰ることもでき、
悪巧みとか密談にはぴったりじゃないか‥‥、と思う。
それも場所柄?

2020-12-10-THU

  • 前へ
  • TOPへ
  • 次へ
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN