加藤裕之さんが「三合菴」を開くまでには、
いろいろな店、人との出会いがありました。
今回は、「竹やぶ」柏本店を出て、
新宿「吉遊」を任されることになった経緯、
そして「三合菴」の開店までをお聞きします。
糸井 | 「竹やぶ」のあとに「重よし」さんに出会い、 それとはまた別に 「吉遊」に行くことになったわけですよね。 きっかけは、どんなことだったんですか? |
加藤 | それも「竹やぶ」時代にお世話になった 漆屋さんの紹介です。 新宿高野(大手の果物販売店)が おそば屋さんをやりたいから、 人を探していると。 たまたまぼくが辞めてた時期だったんで、 やってみないかって話が来たんですね。 それで、やってみようかなと。 |
糸井 | 「吉遊」では、 いきなり、チーフの料理人ですよね? つまり、加藤さんの力量を見込んで 店を任せるという話ですよね? |
加藤 | そうです、そうです。 |
糸井 | すごい話、ですよね、それ。 |
加藤 | 確かにそうですね。 |
糸井 | 加藤さんを認めてくれたのは、 新宿高野の偉い方だったんですか? |
加藤 | 会長さんでした。 当時、70ぐらいのかたでした。 |
糸井 | そばが好きなんだ。 |
加藤 | そば屋をやりたかったらしいですね。 ずーっと。 |
糸井 | はぁ! 「吉遊」は新宿の三越の右の地下の、 カレー屋の前でしたね。 |
加藤 | そうです。そうそう。 |
糸井 | そば屋の立地としては、 いろいろと邪魔なものが多い場所でしたね。 あそこ、知らずに入って行ったら そばが美味いっていうので、 もうビックリするわけですよ。 ぼく「重よし」さんに聞いて行ったんだもの。 聞かなきゃ行かない店でした。 |
加藤 | 行かないですよね。あそこは。 |
糸井 | 「重よし」さんに、 「美味いんだよ、 ちゃんとしたことやってんだよ」って。 それで「吉遊」さんにいる頃には もう重よしさんでの修業は 終えていたんですか? |
加藤 | いえ、「重よし」さんにお世話になったのは、 空白の半年間からはじまって、 「吉遊」のときも、ずっとです。 |
糸井 | えっ? |
加藤 | 「仕事終わったら、とりあえず来い」と。 「吉遊」の仕事が終わったら、行って、 料理を一通り、食べさせてもらうんです。 それが半年から1年ぐらい、続きました。 |
糸井 | じゃあ、料理を習うという、 いわゆる技術を教わるというわけでは‥‥ |
加藤 | 食べさせてもらうだけです。 直接教えてはもらわないです。 食べさせてもらって、 何か質問があったら訊いて、 みたいな感じですね。 そういう教育でした、 「重よし」さんは。 |
糸井 | はぁ!! それで料理を覚えた加藤さんもすごいけれど、 「重よし」さんも、いいこと、したんだねえ! |
加藤 | もうすごかったです。 ほんとにもう、感謝ですね。 |
糸井 | そうですよね。 それだけ面倒見よく、人のことを思うのって、 人の一生で、なかなかないよね。 何人もできることじゃないよ。 |
加藤 | ないでしょうね。 |
糸井 | それで「吉遊」には何年ぐらいいたんですか。 |
加藤 | 短いです。3年ぐらいですね。 店が畳まれることになって。 |
糸井 | お客さんは来てましたよね。 |
加藤 | お客さんは来ていました。 でも家賃とかが ものすごく高かったですからね、 難しいですよね。 人(スタッフ)もいっぱいいますしね。 |
糸井 | 仲居さんが5人ぐらいいたんじゃない? |
加藤 | 5人ぐらい、いました。 |
糸井 | ぼくが覚えているのは、 加藤さんが、帰りがけのお客さんに 挨拶していたことです。 「どうもありがとうございました」 って、厨房から出て来てたんですよ。 お客さん全員に、挨拶していましたよね。 |
加藤 | はい。 |
糸井 | 当時、おいくつでしたか。 |
加藤 | 28か、29あたりです。 |
糸井 | すごいね! そして、運がいいですよね。 |
加藤 | そうなんですか。 |
糸井 | 何言ってんの! そんな人、いないですよ(笑)。 |
加藤 | そうですか? |
糸井 | だって全部、一級品のとこ、 歩いてるじゃないですか。 最初のおそば屋さんだって 手打ちで60席をまかなってるお店なんて、 普通のそば屋とは違いますよ。 いつでも誇りがありますよね。 |
加藤 | はい。 |
糸井 | その次が「竹やぶ」で、 「重よし」さんに教わりながら料理の修業をして、 「吉遊」をまかされるようになって。 それで、「吉遊」の経営の都合で、 店を畳みましょうって話になったんですよね。 |
加藤 | そうです。 突然でした。 |
糸井 | そのあとのブランクが2年ぐらいあって、 「三合菴」を開店した、ということですね。 開店当時、この「白金北里通り」って、 今のようにレストランもありませんでしたし、 場所の存在そのものも、 あまり知られていませんでしたしね。 ‥‥あれ? 「吉遊」のときには、 奥さん、いなかったですよね? |
加藤 | はい、いなかったです。 |
糸井 | その2年の間に結婚したの? |
加藤 | 結婚は、お店のオープンと同時ぐらいですね。 「重よし」さんの紹介で。 |
糸井 | えっ? 奥さんは、 「重よし」さんが紹介したの? すごいね。奥さんまで。 |
おかみさん | そうなんです。 わたし、前職の上司の関係で なんどか「重よし」さんにお使いに行っていて、 そのたびに、ごはん食べていきなさいって かわいがっていただいていたんです。 「お前、結婚しないのか」 ってずっと言われてて。 |
糸井 | すっごい話、それ! |
おかみさん | わたしも、相手がいたらしますよーって。 「じゃあ、いいやつ、紹介してやるよ」、 じゃお願いしまーすって。 |
加藤 | 何時に来いって言われたんだよね。 |
おかみさん | そう、何時に来い、とかって。 |
糸井 | 恐ろしいー。 食材だけじゃなくて! |
全員 | (笑)。 |
糸井 | そうか。じゃ、奥さんは、 もう、大変だったね。 |
おかみさん | はい、私はそれまで、 彼のおそばを1回も食べたことなかったんです。 「吉遊」というお店も知らなくて、 私が出会った頃は、 おそばをつくるらしいけど、 何をしている人なのか 私にはよく分からないっていう人でした。 |
加藤 | プータローみたいなものだったからね(笑)。 |
おかみさん | でも「重よし」さんが、 「あいつは大丈夫だから」。 その一言です。 それを信用していいものなのかって ちょっと思いましたけどね。 |
糸井 | ほとんどお見合いに近いね。 |
おかみさん | そうです、お見合いに近いです。 |
糸井 | あ、でもあいつは大丈夫だって、 そんなに言えないと思うよ。 |
おかみさん | 「俺が保証する」って言われました。 |
糸井 | 人のこと、そんなには言えないよ(笑)! |
おかみさん | 「一生、食いっぱぐれないで済むから」 って言われたんです。 |
糸井 | あ、そば食えるしね。 |
加藤 | そういう意味ですか(笑)! |
おかみさん | そうです、そうです(笑)。 食いっぱぐれることは絶対ないからって。 「それだけ確保されてたらいいだろう?」 って言われて。うん、確かにそうですねって。 |
(つづきます) |