おいしいそばだけでなく、
割烹料理のレベルの和食を出すことで
確実にファンをつかんできた「三合菴」。
その仕事ぶりは、どのようなものなのでしょう。
嬉しいことは? 足りないことは?
店主の加藤裕之さんに、お聞きしていきます。
糸井 | 「三合菴」が始まってから、ぼくはだいたい、 横目でずーっと見てたんですけど、 ‥‥加藤さん、そんなふうに、 いろいろいいところを知っちゃったら、 材料とか何とかって、 いいものを使うようになるだろうし、 お金かかっちゃうでしょう? それはもう戻れないですよね。 |
加藤 | はい、戻れないですね。 「重よし」さんに関わったことで、 そこは戻れなくなりました。 でも、ぼくも、そうしたかったですから。 |
糸井 | そうでしょう。 雑な言い方をして申し訳ないですが、 材料費って、どのくらい違うイメージですか? 倍くらい違うんですか? ピンからキリでしょうけど。 |
加藤 | ピンキリですけど、 そば粉だったら、5、6倍は違います。 |
糸井 | そんなに違うものですか。 そば粉って古くなっても 捨てなくてもいいものですか? 寿司ネタと違って。 |
加藤 | いえ、もって、挽いてから3、4日です。 うちでは石臼を置いてないので、 粉屋さんに注文をして、 その日に挽いてもらって、 即日送ってもらうんですが。 |
糸井 | こねる分量っていうのは? |
加藤 | 1日2回で、6キロ。 |
糸井 | 初期の頃は、 お客が来なければ、 自分で食べていたんですか? |
加藤 | 食べたこともありますが、 食べる量は、たかが知れてますからね、 結局全部処分していました。 注文を受けてから打つわけにはいきませんし。 粉から、切るところまでで 1回、1時間はかかりますから。 |
糸井 | 経営が大丈夫だと思ったのは どのくらい経ってからですか? |
加藤 | 糸井さんが「ほぼ日」に 載せてくれたぐらいから、 あれよあれよという間に忙しくなっちゃって。 もうがらっと変わったよね? |
おかみさん | うん。 |
糸井 | あ、そう! それはものすごく自分が 「重よし」になったような気がします(笑)。 |
加藤 | いやいや、ほんとですよ。 がらっと変わりましたもん。 あれからですね。 |
糸井 | ぼくもね、心配だったんです。 何をすればいいんだろうって、 分かんなかったから。 でもその後、来たら、加藤さんが、 こんなことを言ったんです。 「糸井さん、満卓になりました。 はじめて満卓になった日、 ぼくは1回、外に出てから、 もう1回、満卓の店内を見たんです」 って。俺、今でも覚えてる。 それが俺、嬉しくて。 で、会社に行って、 「いやー、よかったーっ!!!」 て叫んだの。 |
加藤 | はい! |
糸井 | 加藤さんは、こんだけ大変なのに 料理を絶対やめようとしなかったですよね。 昔ね、料理やめてそばだけにすればいいのにって、 心からね、親のような気持ちで思ったんだ。 だけど、あんとき言わなくてよかった(笑)。 |
おかみさん | (笑)。 |
糸井 | そばがあんなに美味しいんだし、 そばに絞って入れ替えしてけば ここまで大変じゃないのにって。 だって出汁の取りかたから何から全部、 料理とおそばは同じじゃないわけでしょ? |
加藤 | 違いますよ。 |
糸井 | 下ごしらえして、仕入れもやって、 でもお客さんが来てないんだとしたら、 危ないですよね、体か金かどっちかが。 でも、そこを食いつなげていったんですよね。 セーフだったんですよね。 |
加藤 | よくセーフになりましたよね。 |
糸井 | アウト直前、 みたいなことはありましたか? |
加藤 | 体力的にはありましたが、 経営的には、ないですね。 |
おかみさん | たとえば、請求書が来て、どうしよう、 お金がない、っていうことはないです、1回も。 それだけは、ないです。 従業員のお給料が払えないという心配も、 していないです。 |
糸井 | それは俺、理由、分かる。 おかみさんがいたからですよ。 |
おかみさん | そうですか? 何でだろ(笑)。 |
糸井 | つまり、加藤さんだけだったら、 その計算、多分、しなかったと思う。 |
加藤 | 多分、できないですよね。 ぼくもそう思います。 とんでもないところまで いっちゃいそうな気がする。 |
糸井 | ね、性格的にそうだと思う。 何とかなるって、自分を励ましてさ。 |
加藤 | (笑)。 |
おかみさん | 彼はいまだにお金をほとんど持たないですね。 お財布の中、3,000円ぐらいです。 |
糸井 | 加藤さんは、お金のこと、知らないくらいで、 ちょうどいいんですよね。 やってこれたのは、 奥さんがいたからに決まってますよ、それ。 |
加藤 | そうですねえ。今、ぼくもそう思いました。 あなたのおかげ。 |
おかみさん | (笑)。 |
糸井 | よかったね。そうか、 「重よし」さんの思うつぼですね。 |
全員 | (笑)。 |
糸井 | 今までで、いちばん嬉しかったのは 何のときですか? |
加藤 | いちばん嬉しかったのは 初めてのお客さんが来てくれたときです。 あれは忘れないですね。 何を注文されたかも覚えてます。 8年前のことなのに。 異常に緊張しましたけどね。 |
糸井 | ふらっと来た人ですか? |
加藤 | ふらっと来てですね、 「にしん蕎麦」を1杯、注文してくださって。 |
糸井 | ああ! それがいちばん嬉しかったことですね。 ほかには、ありますか。 |
加藤 | この仕事やっていて すごく素敵な人にたくさん会えることです。 絶対出会えそうもない人と 出会う機会があったりするので。 |
糸井 | うん。あの、それは、 加藤さんの運命ですね。 ここには、ときにすごい人、いますよね、 それでもね、 「ただのそば屋の客」じゃないですか。 経済界の大物も、ロックミュージシャンも、 隣り合ったただの客。 それがいいですよね。そば屋って。 |
加藤 | (笑)。 |
糸井 | 不足してるのは、やっぱり「人」ですか? |
加藤 | はい、人ですね。 |
糸井 | このあいだ、お店を1週間、 休まざるをえないことが あったじゃないですか。 たしか、厨房の子が‥‥ |
加藤 | はい、爪を怪我してしまって、 調理ができなくなりました。 そうすると、分担している厨房の仕事が まったく、回らなくなるんです。 ですから、治るまでのあいだ、1週間、 店を閉めました。 |
糸井 | それくらい、ぎりぎりなんですね。 いまは、全部で何人ですか。 |
加藤 | 厨房が、ぼくを入れて2人。 洗い場に、夕方からアルバイトで 1人、入ってもらっています。 あと表(接客)が2人です。 |
糸井 | おかみさんと、 もうひとり若い男の子ですよね。 |
加藤 | そうです。 ただ、その子がもうじき辞めることになっていて‥‥。 |
糸井 | じゃあ、表の人もほしいですよね。 それから、やっぱりほしいのは、調理場に入る、 おそばの職人さんですか。 |
加藤 | そうですね。 |
糸井 | 年齢とか経験はどうしますか? |
おかみさん | なんだか、募集要項みたいですね(笑)。 |
糸井 | この取材の最後に、募集のことも 付け加えるという手もあるかなぁと思って‥‥。 なかなか、こういう店の募集って、難しいでしょうし、 こういう店で修業したいっていう人も、 ふつうの求人雑誌とかでは出合えないでしょう。 |
おかみさん | そうなんです。 なかなか、来てもらえなくて困ってたんですよ。 |
糸井 | そうかぁ。 加藤さんたちの仕事をちゃんと伝えて、 |
おかみさん | それは、とてもうれしいです‥‥。 |
糸井 | そうですか。ご迷惑でないなら、ぜひやりましょう。 じゃあ、ひとつずつ訊いていきますね。 加藤さんがほしいのは、経験者ですか? |
加藤 | 経験のあるなしは、 どちらでもいいと思います。 |
糸井 | どちらでもいいですか? |
加藤 | はい。体力と気力があれば。 |
糸井 | 採用にあたっての、 テストみたいなことってあるのかな? |
加藤 | じっさいにお会いするということでしょうね。 全く違う世界の人もいるだろうし、 想像だけが膨らんで、 入ってみたら違ったって思う人が 多分たくさんいると思うんです。 だから少しやってもらって、 人を探したいです。 見習いとして、期間を設けて、 アルバイトとして入ってもらって。 |
糸井 | 一般のおそば屋のイメージで このくらいだろうって思ってるのと、 やっぱり違うことしてるお店ですからね。 見習いを受け入れるというのは、 加藤さんがとてもたいへんになるけれど。 |
加藤 | うちは大丈夫ですよ。 |
糸井 | おたがい、たいへんだという覚悟ですね。 じゃあ、見習い期間は、 どのくらいあればいいですか? |
加藤 | 長くて1ヶ月いてくだされば分かりますよね。 |
糸井 | 1ヶ月程度の見習い期間があるということは、 今、勤めてる人とかは無理ですよね。 |
加藤 | いや、勤めている人だったら、 夜だけ来てくださっても大丈夫です。 あるいは土日など、 仕事の休みのときに来てみるとか。 |
糸井 | なるほど。それもあり得るね。 そもそも、ご主人と同じだけ働く人を探すのは、 多分無理なんですよね。 加藤さん、自分の若いときみたいな人がいるとは 思わない方がいいと思うんですよ。 |
加藤 | なるほど、そうですよね。 |
糸井 | 「重よし」さんだって、 加藤さんを見つけたときに、 自分とは違う種類だろうけども、 ああ、こういうのがいるんだって 思ったんだと思うんです。 全然タイプは違うんだと思いますよ。 同じような人はやっぱり反発もするし。 |
加藤 | そうですよね。 |
糸井 | 永ちゃん(矢沢永吉さん)が 一からそば屋としてやり直したりしたらね、 いちばんいいですよね。 |
おかみさん | (笑)。 |
糸井 | でね、きょうの話だけじゃなく、 三合菴の1日っていうのを ちゃんと取材させていただいたほうが いいと思うんですよ。 その、朝6時からのようすを 一日、見学させてもらってもいいですか? |
加藤 | ええ、もちろんです。 |
(次回は、「ほぼ日」乗組員が 三合菴にほぼ1日滞在しての レポートをおとどけします。 見習い募集の要項もお知らせしますので、 興味のあるかたは、ぜひ!) |