第2回 手垢のついた言葉
重松 吉本隆明さんの「最後の親鸞」が
推薦本の一冊にありますね。
糸井 学生運動が終わったあと、
負けたと感じながら大学を辞めて故郷に帰ったんです。
で、バイト中に行った本屋でたまたま見つけました。
吉本さんの本って流行っているのは
読んだつもりだったんですけど‥‥。
重松 「共同幻想論」とか
「言葉にとって美とはなにか」あたりですよね。
糸井 そうです。
で、「こんな本出してるんだ」と思って
手に取ったのが「最後の親鸞」ですね。
で、読んでみたらビックリ。
「あほいいぞ」って書いてあるんです。
僕らが学生のあいだ
ずっと考えていた知的であることを、
無価値にしてしまうようなことが書いてあったんです。
学生運動のことをひとりで勝手に引きずっていた
僕にとっては、目を覆って寝ちゃいたいくらい、
この本を読んだときつらかったんですね。
それこそ「うわぁ、道変えなきゃ」と思うくらいです。
本を読んでこんなに
びっくりさせられたことはなかった。
青春のビックリした本っていうのは
やっぱりこの本ですね。
重松 これ、実はものすごく大きなポイントだと思うんです。
僕、出会うというのには
けっこうこだわっているんですけど、
本屋に行ったらたまたまあったんですよね。
糸井 そうです。
重松 それこそ別の本屋に行ってたら
出会わなかったかもしれないわけですよ。
たまたまの出会いなわけです。
糸井さんのコピーなんかもそうですけど、
広告の言葉というのも、広告を読むために
雑誌を買っているわけじゃない。
その雑誌の中でめくって、たまたま目に入った言葉が
そのコピーだったっていうのがすごくあると思います。

僕にとっての「成りあがり」は指名買いなんですが、
矢沢永吉という人間を知らなかったら、
ファンにもなっていないから買っていないわけです。
たまたま友だちの家で聴いたのが始まりでした。
その出会いっていうのは
僕はすごく大事にしたいんです。
糸井さんの言葉にこれだけ惹きつけられているのも
たまたま出会う機会が多かったからだと思います。
それこそ、テレビをつけたら
ジュリーが「TOKIO」を歌ってたりとか、
宮崎美子さんが好きで、
ミノルタのCMソングを買ったら
また糸井さんだった、とかね。
何かそういうたまたまの出会いは
信じていいような気がするんですよね。
ちなみに、「成りあがり」もそうですが、
僕の推薦本はほとんど音楽本なんです。
糸井 あえてそうしたみたいですよね。
重松 『叱り叱られ』というのは、
サンボマスターの山口隆さんの本でして、
山下達郎、大滝詠一、岡林信康、
ムッシュかまやつなどといった、ずっと年上の、
つまり青春時代に出会った音楽の人に対して
インタビューというか、対談の本です。
ものすごく生意気なことを言っているんだけど、
全身から、僕はあんたが好きなんだ、
あんたの音楽をずっと聞いてきたんだという、
好きにあふれているんです。
だから、ここの帯に「僕の好きな先輩」とあるけど、
この好きというのは結構元手がかかっている。

僕、「好き」とかっていう、
手垢がついた言葉って大好きなんです。
それこそ「不思議、大好き。」もそうですし。
あの当時は「なんとなく、クリスタル」とか
微妙な「なんとなく感」というものが
蔓延していたなかで、「大好き」っていう
手垢がついた言葉を出したわけですからね。
糸井 僕も手垢がついた言葉って大好きですね。
お中元でいちばん喜ばれるのはビール券、
みたいなもので、
一般的に手垢のついた言葉と
認識されているものはだいたいは
いいものですよね。
重松 みんながさわるから手垢がつくんですよね。
でも、みんながさわるってスゴイことだし、
さわられてすり減ったものって、
肌触りがいいんですよ。
糸井 RCサクセションが詩人としてすごかったのは、
手垢のついた言葉を忌野清志郎くんが
メロディに乗せて、
わざとそれしか言えないという言いかたで
「おまえが好きさ」と歌っていたんです。
重松 「おいら、それしか言えない」って感じで。
糸井 そうそう。そういう発想は
ある時代の方法論のような気がします。
それこそ、ややこしいことに対して
「四の五の言わず」って言う永ちゃんの口癖と
「おまえが好きさ、おいらそれしか言えない」
っていうのは同じ方法だと思うんです。
重松 それしか言えない言葉に勝る
強い言葉はないですよね。
糸井 この「それしか言えない」をコピーする時代
というのが巡ってくるんでしょうね。
重松 半端にコピーしちゃうと
「それしか言えない、なんちゃって」って
半端にコピーして、ばれちゃったり。
糸井 それはばれちゃうね。半端だもの。
手垢のついた平凡な言葉を使うのには
覚悟がいりますからね。
半端な覚悟はすぐにばれますよ。
それは、たぶん小説にも当てはまると思いますが。
重松 ちょうど80年代の終わりに吉本ばななさんが
デビューして何がびっくりしたかというと、
みんな「あなたを愛している」というひと言を、
ストレートに言っちゃまずいよなという意識のなか、
いっぱい四の五の言ってきたわけなんです。
ところが、ばななさんの小説って、
ほんとうにストレートに、
「あなたが好き、あなたを愛している」と書いてある。
しかもそこに、まさにこれしか言えないという
覚悟があったんだよね。
半端に妥協して手垢のついた言葉を
選んだものではなくて、
やっぱりこれしか言えないんだよねという……。
糸井 一番を選んだつもりなんですよね。
重松 でも、残念ながら、それはふたり目からは
マネできなくなるんですよ。
それしか言えないと言った
ばななさんをまねているという感じになるから。
だから強い言葉って
結構シンプルな言葉が多いと思うし、
シンプルな言葉というのは、
どんどんみんなにさわられて手垢がついて、
すり減ったからシンプルに
なっているのかもしれないですしね。

(つづきます)
2008-07-17-THU