重松 |
吉本隆明さんの「最後の親鸞」が
推薦本の一冊にありますね。 |
糸井 |
学生運動が終わったあと、
負けたと感じながら大学を辞めて故郷に帰ったんです。
で、バイト中に行った本屋でたまたま見つけました。
吉本さんの本って流行っているのは
読んだつもりだったんですけど‥‥。 |
重松 |
「共同幻想論」とか
「言葉にとって美とはなにか」あたりですよね。 |
糸井 |
そうです。
で、「こんな本出してるんだ」と思って
手に取ったのが「最後の親鸞」ですね。
で、読んでみたらビックリ。
「あほいいぞ」って書いてあるんです。
僕らが学生のあいだ
ずっと考えていた知的であることを、
無価値にしてしまうようなことが書いてあったんです。
学生運動のことをひとりで勝手に引きずっていた
僕にとっては、目を覆って寝ちゃいたいくらい、
この本を読んだときつらかったんですね。
それこそ「うわぁ、道変えなきゃ」と思うくらいです。
本を読んでこんなに
びっくりさせられたことはなかった。
青春のビックリした本っていうのは
やっぱりこの本ですね。 |
重松 |
これ、実はものすごく大きなポイントだと思うんです。
僕、出会うというのには
けっこうこだわっているんですけど、
本屋に行ったらたまたまあったんですよね。 |
糸井 |
そうです。 |
重松 |
それこそ別の本屋に行ってたら
出会わなかったかもしれないわけですよ。
たまたまの出会いなわけです。
糸井さんのコピーなんかもそうですけど、
広告の言葉というのも、広告を読むために
雑誌を買っているわけじゃない。
その雑誌の中でめくって、たまたま目に入った言葉が
そのコピーだったっていうのがすごくあると思います。
僕にとっての「成りあがり」は指名買いなんですが、
矢沢永吉という人間を知らなかったら、
ファンにもなっていないから買っていないわけです。
たまたま友だちの家で聴いたのが始まりでした。
その出会いっていうのは
僕はすごく大事にしたいんです。
糸井さんの言葉にこれだけ惹きつけられているのも
たまたま出会う機会が多かったからだと思います。
それこそ、テレビをつけたら
ジュリーが「TOKIO」を歌ってたりとか、
宮崎美子さんが好きで、
ミノルタのCMソングを買ったら
また糸井さんだった、とかね。
何かそういうたまたまの出会いは
信じていいような気がするんですよね。
ちなみに、「成りあがり」もそうですが、
僕の推薦本はほとんど音楽本なんです。 |
糸井 |
あえてそうしたみたいですよね。 |
重松 |
『叱り叱られ』というのは、
サンボマスターの山口隆さんの本でして、
山下達郎、大滝詠一、岡林信康、
ムッシュかまやつなどといった、ずっと年上の、
つまり青春時代に出会った音楽の人に対して
インタビューというか、対談の本です。
ものすごく生意気なことを言っているんだけど、
全身から、僕はあんたが好きなんだ、
あんたの音楽をずっと聞いてきたんだという、
好きにあふれているんです。
だから、ここの帯に「僕の好きな先輩」とあるけど、
この好きというのは結構元手がかかっている。
僕、「好き」とかっていう、
手垢がついた言葉って大好きなんです。
それこそ「不思議、大好き。」もそうですし。
あの当時は「なんとなく、クリスタル」とか
微妙な「なんとなく感」というものが
蔓延していたなかで、「大好き」っていう
手垢がついた言葉を出したわけですからね。 |
糸井 |
僕も手垢がついた言葉って大好きですね。
お中元でいちばん喜ばれるのはビール券、
みたいなもので、
一般的に手垢のついた言葉と
認識されているものはだいたいは
いいものですよね。 |
重松 |
みんながさわるから手垢がつくんですよね。
でも、みんながさわるってスゴイことだし、
さわられてすり減ったものって、
肌触りがいいんですよ。 |
糸井 |
RCサクセションが詩人としてすごかったのは、
手垢のついた言葉を忌野清志郎くんが
メロディに乗せて、
わざとそれしか言えないという言いかたで
「おまえが好きさ」と歌っていたんです。 |
重松 |
「おいら、それしか言えない」って感じで。 |
糸井 |
そうそう。そういう発想は
ある時代の方法論のような気がします。
それこそ、ややこしいことに対して
「四の五の言わず」って言う永ちゃんの口癖と
「おまえが好きさ、おいらそれしか言えない」
っていうのは同じ方法だと思うんです。 |
重松 |
それしか言えない言葉に勝る
強い言葉はないですよね。 |
糸井 |
この「それしか言えない」をコピーする時代
というのが巡ってくるんでしょうね。 |
重松 |
半端にコピーしちゃうと
「それしか言えない、なんちゃって」って
半端にコピーして、ばれちゃったり。 |
糸井 |
それはばれちゃうね。半端だもの。
手垢のついた平凡な言葉を使うのには
覚悟がいりますからね。
半端な覚悟はすぐにばれますよ。
それは、たぶん小説にも当てはまると思いますが。 |
重松 |
ちょうど80年代の終わりに吉本ばななさんが
デビューして何がびっくりしたかというと、
みんな「あなたを愛している」というひと言を、
ストレートに言っちゃまずいよなという意識のなか、
いっぱい四の五の言ってきたわけなんです。
ところが、ばななさんの小説って、
ほんとうにストレートに、
「あなたが好き、あなたを愛している」と書いてある。
しかもそこに、まさにこれしか言えないという
覚悟があったんだよね。
半端に妥協して手垢のついた言葉を
選んだものではなくて、
やっぱりこれしか言えないんだよねという……。 |
糸井 |
一番を選んだつもりなんですよね。 |
重松 |
でも、残念ながら、それはふたり目からは
マネできなくなるんですよ。
それしか言えないと言った
ばななさんをまねているという感じになるから。
だから強い言葉って
結構シンプルな言葉が多いと思うし、
シンプルな言葉というのは、
どんどんみんなにさわられて手垢がついて、
すり減ったからシンプルに
なっているのかもしれないですしね。 |