白岩 | やっぱり、自分のふつうの日常を どれだけきちんと持っているかというのが、 すごく大事になってくるような気がしますね。 |
糸井 | そうですね。 人がふつうに生きてるっていうことの すごみってありますから。 バカにできない、すごさや大きさがある。 |
白岩 | それって小説になんないのかなぁ。 それを小説にしてもどうにもなんないのかな。 |
糸井 | かつて、いろんな人が 何度も挑戦したんじゃないですかね。 |
白岩 | ああ、そうかもしれません。 |
糸井 | 「私小説」という形も、 それで生まれたのかもしれないし。 たとえば、ぼくが若いころに読んで好きだった 太宰治の中期の小説なんかには、 ふつうの人への大きな敬意がありますよ。 戦争に行く義理の弟を 物陰から見送るような話とかね。 大きなお腹でお参りに行く妊婦の話とか、 中期の、まだ体の調子のよさそうなころの 太宰治はとってもいいんですよ。 |
白岩 | あ、そうですか、読んでみます。 |
糸井 | たぶん、白岩さんも好きだと思いますね。 あのころの作品はいいんですよ、 笑いたくなるんです、よくて。 |
白岩 | 「笑いたくなる」(笑)。 小説読んで笑いたくなるってことって、 あんまりないです。 |
糸井 | いいものって笑いたくなりますよ。 赤ん坊の顔とかさ、笑いたくなるじゃない? |
白岩 | はい、はい。 |
糸井 | 「お前、いい顔してんなぁ」って(笑)。 |
白岩 | 犬なんかもそうだし。 |
糸井 | ああ、犬もそうですね。 この『空に唄う』のなかに 出てくる犬もいいですよね。 それこそ、価値を超えた無価値のよさですよね。 |
白岩 | ああ、そうかもしれません。 |
糸井 | そういう無価値のよさが、 この小説のなかにはちょくちょく出てきますよ。 なんでもない友だちとか、教習所とか。 |
白岩 | ああ、はい、はい。 |
糸井 | とにかく景色が平凡でいいんですよね。 素人写真みたいな景色がいっぱいあるんですよ。 |
白岩 | ああ、なるほど(笑)。 |
糸井 | それも「これ以上書かない」と 同じことだと思うんですけど、 なにかの景色を書くときって、 ついつい、陰影をつけちゃったり、 ネガポジ反転させちゃったり、 いろんなことをやりたくなっちゃうんですよ。 でも、白岩さんの場合は、 「まったくやらないぞ」って あっきらかに意思を持って書いてる。 |
白岩 | というか、ふつうは、 もっといろいろやるもんなんですかね。 |
糸井 | そういう人のほうが多いと思いますよ。 漫画なんかだと、特別にコマを大きくしたり、 克明に描き込んだりとかさ。 そういうことを断固として白岩さんはやらない。 |
白岩 | でも、人間の意識って、なにかの風景を そんなに鮮明に認識してないですよね。 もっと、いい加減なもんでしょう? だから、景色とか状況を 綿密に描写している小説があるとして、 もちろんそれはそれで読む側からすると すごいなとは思うんですけど、 読んでいて、ついていけなくなるときもあるし、 そもそもそんなに意識しいへんやろ っていうような気持ちもあるし。 なんか、そのあたりが、自分が小説を読んでて つねに引っかかる部分なんですよね。 だからぼくは背景として見えてるものを そんなに書かないんですし、 もっと人間の意識に沿った書き方が できるんじゃないかと思っているんです。 |
糸井 | 白岩さんがひと時代戻って コピーライターになってたら、 もうなんでも書けますね。 |
白岩 | すごいことばをいただいた(笑)。 |
糸井 | ほんと、そう思います。 |
白岩 | 「ひと時代戻って」ってどういうことですか? |
糸井 | いまはその力が要求されてないんですよ、広告に。 |
白岩 | ああーー。 |
糸井 | だから、あっても使い道がないんです。 そういう無価値のもののよさを そのまま書ける力って。 また価値の話に戻るようですけど。 |
白岩 | そういうものを好きな人って少ないんですかね。 |
糸井 | でも、かならず3人はいる、 みたいなところがあるからね。 ただ、3人だけだと、 その力は要求されないかもしれない。 |
白岩 | 3人では食えない(笑)。 |
糸井 | そうなんですよ。 ただ、その3人が突然増える可能性はあるし、 そのへんはわかんないですよね。 |
白岩 | はい。 |
糸井 | また、「読まなくても買う」 っていう人もいたりするから、 またややこしくなるんですよ、話がね。 |
白岩 | そっか、そっか。 |
糸井 | 読みやすい話なんだから 買った人は読んでるだろうと思っても 意外と読んでないものですよ。 『野ブタ。をプロデュース』って けっこう売れましたよね? |
白岩 | はい。 |
糸井 | でも、数十万部売れたといっても、 その数十万人全員が読んでるわけないと思うよ。 |
白岩 | ああー、そうでしょうね。 そうか、そういうことか。 いま、あんなに売れた理由がわかった(笑)。 |
糸井 | 人って、ひとりひとりは複雑でも、 大きな理由があると、 そのとおりに動いていきますからね。 あの、ぼくは釣り人の目で よくやるんですけど、屋上からね、 雨が降り出したときに下を見るんですよ。 「雨だーー!」っていうときにね。 そうすると、人って、やっぱり、 「こう動くだろうな」というとおりに動くんです。 |
白岩 | えーー、そうなんですか。 |
糸井 | うん。ちょうどいい軒下に集まったり、 タイミングを見て駆け出したりね。 そりゃそうだよな、って思いますよ。 でもね、下に降りていって、 雨宿りしているひとりひとりの顔を見ていくと、 「ああ、この人はこの人で いろんなもの背負って生きてるんだな」 っていう顔をしているわけですよ。 この複雑さに私はたじろぐ、 っていう顔をしてるんです。 その個々の複雑な動きとね、屋上から見た 「ああ、濡れないようにあっちに行ったな」 っていうのは、同じ目で、 三次元の視点で見ていかないといけない。 |
白岩 | うーん、なるほど。 |
糸井 | で、お前、できてんのかっつったら できてないですよ、ぼくも。 だけどしょっちゅう意識して、 行ったり来たり、させてますよね。 |
(続きます) | |
2009-07-31-FRI |