第12回 ここまでは書ける

白岩 小説をあまり読まない糸井さんは、
どういう本を読んでらっしゃるんですか?
糸井 あの、歳をとってくるとね
あんまりハズレには会いたくない、
っていう気持ちになるんですよ。
白岩 (笑)
糸井 だからといってハズレに会わない方法が
あるかというとないんですけどね。
最近は、「観光」がひとつのテーマなので、
「観光人類学」っていうジャンルに
まつわるものを何冊か
ぱらぱら読んでるんですけど、
これが、あんまりおもしろくなくて(笑)。
白岩 そうなんですか(笑)。
糸井 うん。なんていうかな、
研究者どうしの独特のことばが
やり取りされてるような感じでね。
白岩 「開いてない」んですね。
糸井 そう、そう。
白岩 本に限らないことだと思いますけど、
「開いてる」か、「開いてない」かって、
すごく重要ですよね。
糸井 重要ですね。
簡単には説明しきれないんですけど、
間違いなく、重要です。
白岩 自分の書くものは絶対に開いてたいなと
思ってるんですけどね。
小説って、どうしても閉じがちなので、
どうしたら開けたものになるのかな
っていうのをいつも意識してるんですが。
糸井 ぜんぶ書かなきゃ、開けるんじゃないですか?
白岩 「ぜんぶ書かなきゃ」?
糸井 うん。ぜんぶ書くから閉じるんですよ。
白岩 あーー。
糸井 だから、白岩さんの書く小説は、
開いてるんじゃないですか。
白岩 そうですかね、そうなのか。
ぜんぶ書かないことが開いてるんだ。
糸井 ぜんぶ書いちゃうときって
わかったような気になっちゃうじゃないですか。
白岩 うん。わかった気になってるときってあります。
糸井 それだと、その、
手が伸びないと思うんですよ、両側から。
白岩 開いているからこそ、手が伸びる。
というか、手を伸ばせるってことは、
それが開いてるということなんですね。
糸井 そうだと思うんです。
白岩 そうか、そうか。
糸井 たとえば、ぼくらの仕事でいうと、
ふつうにミーティングをしているとき、
「ころころ転がるネタ」ってあるんですよ。
ものになんないかもしれないけど、
「転がるネタ」ってある。
白岩 はい(笑)。
糸井 それはやっぱりいいんですよ。
簡単じゃないかもしれないけど、
そういうのばっかり出してれば
なんとかなるんですよ。
白岩 食っていけますか、それは?
糸井 食っていけますね。
白岩 あ、そうですか。そうか。転がるものなあ。
なかなか個人ひとりの力では
どうにもならないかもしれないけど。
糸井 個人でも、
開いているものはできると思いますよ。
たしかに、個人だと、
閉じたものも生まれやすいと思うけど、
白岩 なんとなくわかります。
糸井 あの、ぼくは雲が好きで、
雲の写真をよく撮ったりするんですけど、
「ぼくはこれから毎日、雲を撮ります!」
って決めた瞬間に、どこかが閉じますよね。
白岩 あーー。
糸井 たとえばぼくが雲をよく見るのって、
まず、東京の街を歩いていて、
看板とかウィンドウとか、
人為的なものにうんざりすることが
先にあるんですよ。
で、しょうがないから上を見ると、
そこでいつも雲が、自由に、なんかやってる。
白岩 うん(笑)。
糸井 その、「なんかやってる、雲」のおもしろさは
ぼくのうんざりからつながった先にあって、
「雲の写真を毎日撮ります」だと、
やっぱり、ダメなんですよ。
それでも、気に入った雲の写真は
「ほぼ日」にぽつぽつ出したりしますけど、
毎日撮るぞって約束しちゃうと
自分と雲の関係は逃げちゃうんですよ。
白岩 それは、まえに出てきた
「価値と無価値の話」に
ちょっと近いんですかね。
糸井 ああ、近いですね、近いですね。
価値にしちゃダメなんですよね、きっとね。
白岩 でもそれ、概念的にはとらえられないし、
どうしたらいいんですかね。
糸井 とらえらないけど、
こんなふうにして、
ここまでは口で伝えられますよね。
白岩 そうですね、ここまでは。
糸井 うん。ここまでは言える。
白岩 ここまでは言えるけど、この先は言えない。
糸井 登場人物がカギカッコの中で、
このくらいのことしゃべってても
人は読んでくれますよね。
白岩 うん。
糸井 で、ぼく個人のことでいうと、
そのくらいのことを書くことが
自分の商売になってるんじゃないかなぁと思う。
白岩 あぁーーー。
糸井 このくらいのことは言えてるし、書いてますから。
白岩 うん、うん。
糸井 うまく書けなきゃ
うまく書けるまでほっときますし。
そのあたりの姿勢を続けていることがね、
たぶん「ほぼ日」という広場に人を集めるという、
自分の仕事につながってるんじゃないかな。
白岩 「ここまでは書ける」っていうところまで
何度も行ってみるっていう感じなんですかね。
糸井 何度も何度も行くんでしょうね。
白岩 犬の顔を毎日毎日見るっていうのも、
近いのかもしれない。
なにか意味があってとか、
目的を設けてっていうわけじゃないですもんね。
糸井 そうですね。だから、ぼく、
同じことを違う角度から言い直す
っていうことをよくしてますよ。
それは、『小さいことば』シリーズっていう本を、
1年に1冊ずつ、ほかの人がまとめてくれるから
気づくんですけど、ぼく自身はいつも、
そのときはじめて思ったつもりで書いてる。
白岩 でも、それでいいような気がしますね。
糸井 それでいいんでしょうね。
とくに、商売だとか、プロだとか、職業だとか、
そういうことを気にしなければ。
そんなもんなんだろうと思うんですよ。
白岩 うん。人間がふつうに生きてるということは。
糸井 昔の人たちが毎日を暮らしてるときも、
そんなふうなことだったんだろうなと。
白岩 そうですね。
そっちの方が歴史としては長いですし。
それは、すごくいい話だな。
糸井 まぁ、どう商売にしていくのか、
という問題はあいかわらず残りますけども。
白岩 それも困った(笑)。
(続きます)
2009-08-05-WED
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