糸井 |
ぼくね、谷川さんを利用して、
谷川さんの詩を印刷した切手を
つくろうと思ったことがあります。
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谷川 |
うん、うん。
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糸井 |
切手なら、一枚の額面どおりのお金で
売れていきます。
千円って書いてあったら千円なんだ、
というふうに買ってもらったら、
詩がそのまま流通に乗って
商売になんないかなぁ、と思いましてね。
でも、結局やらなかった。
もうちょっと違う何かができるような気がして。
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谷川 |
いまぼくが出版社の人たちといっしょに
考えてるのが、手紙詩です。
何人かの会員組織をつくって、
そこに月に2〜3点、
詩が入った郵便を送るようなこと。
つまり、ぼくはこのところ、
本というものの形に
ちょっと飽きてきてるところなんです。
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糸井 |
それ、とてもよくわかります。
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谷川 |
かと言って、ネットにあげて
読んでもらうというのも、
アイチューンズストアで売るのも違う。
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糸井 |
うーん。
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谷川 |
詩を直接読者に手紙の形で渡すのは
魅力的だから、
実現するんだったらやってもいいかなと
思っています。
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糸井 |
それはできそうですね。
難しいこと、ひとつもないと思います。
でも、もし難しいことがあるとすれば、
それはそこで喜ばれる詩を
確実に書くということです。
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谷川 |
そうそう。
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糸井 |
それが本質的な難しさ。
それから、難しいことはもういっこありまして、
それは「いくら?」ということです。
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谷川 |
そうなんですよ。
それでいま悩んでいます。
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糸井 |
10万円と言ってもおかしくない。
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谷川 |
それは、人が買ってくれない。
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糸井 |
そうなんですけど、おかしくはない。
つまり、値段は意思ですから。
1000円と言ってもおかしくない。
300円でもおかしくない。
どうしましょう。
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谷川 |
そうなんですよね。
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糸井 |
しかし、こういった
金額に思考を費やすことも、
詩と隣接した世界だと思います。
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谷川 |
うん。
ぼくは、詩の値段については
ずっと考えてきたから、たのしいんです。
でも、つかめないですね。
直筆だったら
結構、売れる気が‥‥。
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糸井 |
直筆だったらいくらになっても、
ぜんぜん不思議じゃないです。
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谷川 |
でも、たとえば
百人単位の郵便物を
直筆で書くようなことはできないですよ。
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糸井 |
あ、それは「百人」という単位が
間違ってるんじゃないでしょうか。
もっと極端に、
「百人」という考えがあったときには、
「万人」もあるんだなと思うようにして、
そうすると「ひとり」だってあるんだな、と
思ってみればいいのかもしれませんよ。
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谷川 |
うん、うん、そうね。
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糸井 |
いちばんいい数字は
「百人」じゃないような感じがするけど、
「ひとり」というのもさみしいなぁ。
「ひとり」というと
手紙に近すぎるような気がします。
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谷川 |
そうそう、「ひとり」は
詩じゃなくてもいい。
ラブレターでもいいじゃねぇか、
ということになります。
糸井さんはこういうことを考えるのが
やっぱり好きなんですね。
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糸井 |
はい。谷川さんは
実業をおやりにならないけど、
ぼくは、少しやります。
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谷川 |
はい。
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糸井 |
単純にいえば、
次に出す本をいくらにするか、から、
値段をつけることにはいろいろあります。
値段つけるのって、やっぱり、
すごく、すごく、おもしろいことです。
詩を考えてるときより、
そういう計画を考えているときのほうが、
ぼくは目が覚めて起きています。
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谷川 |
うん(笑)。
そこはすごく
糸井さんのいいとこですね。
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糸井 |
カスタムな言葉を、
おたがいにやりとりする関係で
お金も動かせないものかなぁ。
石ころひとつで拝んでね、というように
言葉や詩ををぽんと、渡したい。
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谷川 |
糸井さんはそっちが好きだからこそ、
ものの存在感みたいなものを
信じてるでしょ?
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糸井 |
うーん‥‥そうかもしれません。
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谷川 |
書くときには、ぼくは一所懸命、
言葉の存在感が出るよう
めざします。
でも、実際の社会の中での
言葉の存在感は、
そんなに信用していません。
だから、ぼくは
ラジオを直したりしたくなるわけ。
(註:谷川さんの趣味のひとつは
古いラジオの収集、修理です)
手で触れることができて、
抵抗があるもの。
言葉も、木とか石とかと同じように、
抵抗を持ってくれるといいなと思うんですけど。
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糸井 |
「重み」みたいなものですね。
詩の中の、言葉の存在感。
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谷川 |
そうです、そうです。
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糸井 |
詩の中の「見えるもの」かぁ。
谷川さんが思う言葉の手ざわりや
めざすものについて、
谷川さんが認めている分量の加減が
ずいぶんわかった気がします。
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谷川 |
あ、ほんと。
うれしいです。
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糸井 |
もう、そろそろ時間も‥‥
そんな気がするんですけど。
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谷川 |
ねぇ、ずいぶんしゃべったよ。
(会場を見まわす)
あれ?
スタッフのみんな
どっか行っちゃったんじゃないの。
みんな飯食いにいったんじゃない?
ひどいじゃん、それ。
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糸井 |
そういうことありえますよ。
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谷川 |
ありえますよ。
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糸井 |
ありえますよ。
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谷川 |
だれも返事してくれない。
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糸井 |
老人をだますんじゃないよ、ほんとに。
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谷川 |
まだ糸井さんは老人じゃないですよ。
わたしですよ。
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糸井 |
わたしもですよ。
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会場 |
(野の花診療所の院長先生、徳永進さんが
ステージにあわてて出てきて、場内大きな拍手) |
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これで、谷川俊太郎さんと
糸井重里の対談連載はおしまいです。
ご愛読ありがとうございました。 |