── | 土屋さんが印象的に思っていた ご自身のコピーのひとつが、伊勢丹の 「こんにちは土曜日くん。」(1972年)のようです。 |
糸井 | へぇ、そうなのかぁ。 ‥‥「こんにちは土曜日くん。」は、 けっこう悩んだコピーなんじゃないかな? うん、きっとそう思います。 そういうこと、土屋さんが生きていれば 聞いてみたいなぁ。 これはぼくがよく言うことですが、 コピーを書くのはすぐなんです。 だけど、そのコピーやアイデアが 使えるのか使えないのかを判断するのに 時間がかかります。 「それがどういうふうに人に見られるのか」を 考えるために、時間をおくのです。 じつは、その期間が必要なコピーが、いいコピーです。 |
── | 「使えるかどうか」を考えるのに 時間がかかったものが、いいコピーなんですか? |
糸井 | その時間を通過して生き残るコピーやアイデアは、 「新しい」のです。 だから、出すまでに時間がかかったのです。 そういうものを世に発表したときには、 摩擦がおこります。 |
── | なるほど。 |
糸井 | なおかつ「こんにちは土曜日くん。」というのは、 その言葉のおもしろさの向こう側に、 考え方のおもしろさがあります。 週休2日制が定着し、 「これから土曜日が休日になります」 ということを、 伊勢丹というデパートが広告で言うのです。 「いままではあいさつしてなかったね、土曜日に」 という、その考え方がおもしろい。 |
── | はぁぁああ、 やはり、さきほど糸井さんがおっしゃったように、 「土曜日」というものをはさんで コピーによろこびが入ってますね。 |
糸井 | 書いた人もうれしいし。 |
── | 読んだ人もうれしい。 |
糸井 | おもしろいでしょ? |
── | はい、おもしろいです。 |
糸井 | この時代にコピーライターやってるのって、 おもしろかったんだよ。 発明だったり、イノベーションだったりを、 コピーライターができる時期だったんです。 |
── | 土屋さんは 「どんなときにアイデアが出るんですか?」 という質問に 「自分のすごしている時間全体が こやしになっているのであって、 アイデアは、ひらめきや 具体的なヒントによるものでははない」 というように答えていらっしゃいました。 そういった「人間全体がおもしろい」という人が 就く職業として、 この時代は、コピーライターというものが あったんだろうなぁ、と思いました。 |
糸井 | コピーライターになることで、なおいっそう一生懸命に その「おもしろい人」に近づくことになります。 たとえばぼくは、アシスタントのときに 「ブラジャーを買ってこい」と言われたことがあります。 コピーを書いたり仕事をしたりすることがなければ ぼくらはブラジャーについて 考える機会はほとんどないでしょう。 しかし、これからコピーを書くとなると、 ブラジャーがどういう意味を持っていて、 どういう機能を果たして、 どういうところに 人のブラジャーに対する思いがあって、 はたまた、どこに作る側の考えがあって、 ということを知ることになります。 ブラジャーというものをとりまく、 人間の心やからだ、暮らし、関係について、 コピーライターという人たちは 考えたことがあるんですよ。 それは採用されなくても、発表されなくても、 自分の中にメモされます。 で、みんな、そのメモを持って生きてるわけだから。 |
── | ブラジャーのメモができたら、 つぎは、あんこのメモができて、 デパートのメモができて‥‥。 |
糸井 | そうやって、ほかのメモと、足したり引いたり。 人間として豊かになったその人が 考えたことがまた、仕事になっていく。 |
── | それがコピーの一行にあらわれる、 ということなんですね。 |
糸井 | コピーライターだけじゃなく、 ほかの職業についても、ほんとうは そういう循環があると思います。 (つづきます) |