糸井 |
こないだ、
鶴瓶さんの落語を拝見したときに、
高座で「宮戸川」をやっていて、
色っぽいシーンになるときに、
ちょっといつもと違って見えたんですね。
ちょっと酔っているような……
ふだんの鶴瓶さんは、
自分のやっていることに
酔わないでいられるから。 |
鶴瓶 |
あそこは、講談師の人に
たて弁を教えてもろたんです。
旭堂南鱗いう人にテープを録ってもらって
「自分がこんなかたちでやったらどうだろう」
とやってみたんです。
あそこはたて弁だから、
あそこは自分じゃないんですよ。
糸井さん、よぉ見てるね。 |
糸井 |
客席で見てたら、
接ぎ木みたいに見えるんです。
だけど、鶴瓶さんが、
いま、あんなことをやってみるのが
おもしろいんだろうなぁと思ったら、
ちょっとホロリときたんです。
いろいろ試しているんだね。 |
鶴瓶 |
今朝も7時20分に起きて、
「子はかすがい」が2回でしょう。
「鴻池」が1回、「厩火事」が1回、
「所帯念仏」が1回……
それで、「粗忽長屋」っていうのは、
ネタおろしで1回。
それを、朝からずっとやってましたから。 |
糸井 |
すごい! |
鶴瓶 |
年くってるから、
こんなことを言うんですけどね。
「やってるで」って言わないと
やってられへんからね。 |
糸井 |
鶴瓶さんがやる
「粗忽長屋」っていいだろうなぁ。
聞いてみたいです。
鶴瓶さんって、裸になるのは、
こわくないんですよね? |
鶴瓶 |
ぜんぜん、こわくない。
裸になってスタートしようっていうのは、
なんぼでも自由なので……。
自分で言うのもおかしいけど、
ぼくはまじめなんです。 |
糸井 |
それ、わかりますよ。
落語からも、伝わってきます。 |
鶴瓶 |
古典というものをやるなら、
もう基本からやらないと、と思うんです。
だから、まずは今朝からやったみたいに、
クチに入れておかないと。
そこから崩すにしても、
もう崩すことは
いつでも崩せるわと思ってるから。 |
糸井 |
鶴瓶さんの姿勢って、
落語に対する尊敬があると思うんです。 |
鶴瓶 |
もう、その気持ちだけなんです。 |
糸井 |
なまじ古典からスタートした人は、
親がいるのが当たり前みたいになって、
落語への、初々しい尊敬が
消えてしまう可能性もありますよね。
もちろん、
やりなおすということについては、
恥ずかしいし、つらいしこわいし、
たいへんだと思うけど、
あとからはじめた人の有利さっていうのも、
あるわけで……鶴瓶さんが、
このままこれをやっていったら、
おもしろいことになるだろうなぁというのは、
観客としてたのしみなんです。
|
鶴瓶 |
落語家のなかには、
むちゃくちゃする人もいるんですね。
だけど、落語に出てくる人物というのは、
すべて「ええやつ」なんです。 |
糸井 |
うん、ほんとにそうです。 |
鶴瓶 |
だから、カン違いして、
落語に毒を盛りこんでしまうと、
毒が多くなる……。 |
糸井 |
毒を、個性と
思いこんでいる人もいますよね。 |
鶴瓶 |
それをよろこぶお客さんがいるし、
いろんな人がおるから、ぼくも落語の世界に
いさせてもらっているんだけど……
ぼくは古典をやりだしてから、
毒はあかんと思うようになったんです。
毒を入れすぎると、
それの何がたのしいねん、
となってしまうんです。
落語というのは、
ただしゃべるだけのものですよね。
オチに行くまでの動きもせず、
話と言ったって、ヤマもそんなにない……
落語から「ええやつ」を取ってしまえば、
すごく弱いものになるんです。 |
糸井 |
落語のよさって、
「この世界に住みたいな」
と思わせることなんです。 |
鶴瓶 |
うん。
それが、落語の、
ほんとに強いところなんです。 |
糸井 |
そうなんです。
ディズニーランドに行ったら、
ヤクザもニコニコしてる。
そんなようなもので。 |
鶴瓶 |
まったくそのとおり。
だからぼくは、
落語をはじめようと思ったんです。
古典のよさはそこですよね。
毒を盛りこみすぎてしまう師匠たちは、
落語よりも大きなものを、
自分の力で出そうとしてしまう……
ところが、古今亭志ん朝は違うんです。
落語の中で、落語を崩さないで、
落語で生きているんです。 |
糸井 |
そうです。そうなんだよなぁ……。 |
鶴瓶 |
それをやるために、
ぼくは今、戻って、
そっちをやっているんです。 |
糸井 |
ぼくが昇太さんを
尊敬しているのも、そんなところなんですよ。
早い話が、落語を聞きたいときの気持ちって、
「今いる世の中がおもしろくない」
という話をいくら正確に展開するよりも、
「ほんとはこんなのが好きなんだ」
という話を、
夜を徹してでも聞いていたい、
という気分なんです……。 |
鶴瓶 |
「粗忽長屋」なんていうのは、
まさにそのとおりで。
そんなヘンなヤツは
いないだろうと思うんですけど、
実はいるんです。
そんなやつ、おんねん。 |
糸井 |
その長屋で、みんな、
生活が成りたっているということが、
好きなんです。
「あんなやつが社会に放っておかれたら
生きていけないぞ」と言われるのが、
いまの世の中じゃないですか。
でも、長屋全体が、
ああいうやつばっかりだから……。 |
鶴瓶 |
長い人生、俺のまわりも、
そんなやつばっかりおんねん。
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(明日に、つづきます) |