笑福亭鶴瓶の落語魂。
その世界のすべてを愛するということ。

第22回 このクラスは……。

鶴瓶 今つくっている落語の本としては、
「おまえ、今日の青木の授業、なにする?」
「机、使おう」
というところから、スタートするんです。
これは、ほんとにあったことです。

青木先生は、黒板に字を書いたら、
みんな、絶対ノートを取れと
ふだんから言っているんですが……。

先生が黒板に
字を書いているときに、全員で、
ちょっとずつ、ちょっとずつ、
前へ行くんですよ。音を立てんと。

先生がふりかえるとパッと止まる。
また黒板に向かうと、どんどん前へ……
だるまさんがころんだ、の状態になる。

で、最後に先生を、
ぼくと木村と山下で、
捕まえてしまうんです、机で。
糸井 (笑)いいですねぇ。
鶴瓶 ほんだら、青木先生、
こう、見はるわけですね。

で「後ろへ行け!」って言わはって。
で、こんど後ろ行くときは、
後ろの黒板に、
みんな全員がペターッてひっつくんです。

ほんだら先生が振りかえって、
「……中途半端にしろ! ピー!」
って言わはったんですよ。
糸井 (笑)
鶴瓶 青木先生は、
かならずノートをつけというんですね。

現国の先生なんやけど、
テストの全体の平均点が六七点で、
うちは四三点なんですね。

「なぜだ? 一緒の教え方をしてんのに。
 情けない! ノートつけ!」
そう、かならず言うんです。

で、男子高の特性を活かして、
青木がふりかえったときには、
学生服のカラーに首を沈めて、
四五人全員が首のない状態にして、
みんなで現国を読んでるようにしようと……。

それで青木がふりかえって、
「誰が本読め、言うたんや! 置きなさい!」
ずーっと、読んでる。

先生、黒板書いてはる。ふりかえる。
「置きなさい!」
「三回言うてるやろ! 本を置けぇ! ピー!」
糸井 (笑)
鶴瓶 青木がふりかえったら、
みんなおらんようになったら
どうやねんということもやったんです。

これはほんまに
みんなでソーッと抜け出したら、
青木が「ピー!」言いながら
廊下を走ってくる(笑)。

あんな機関車みたいな青木、
そんなんはじめてや、いうのもあったんです。

で、青木の最後の授業、
どうしようかっていうんで、
みんなで相談して……

「青木がふりかえったら、
 全員でカバン投げよう」
「そんなんやったら死んでしまうがな」

で、ほんだら最後には、
マジメに授業受けようと。
いつも、ノートを取ってくれ言うてたから。
それは、今までやったことないから、と。

だけどその日は、どっちかっていうと
「君らが社会に旅立つ最後の授業やから、
 私は七十歳の経験を、君らにしゃべる」
という授業で……
それで黒板に書いてんねやけど、
その書いてることを
ぼくらがずっとノートにつけてたら、先生が
「なんでつけてんねん、今日はつけんでええ」と。

それでもぼくらはノートつける。

「社会はこうやて教えてんのに、つけんでええ」
何度もふりかえって、ノートつけてんのを見ると
「……おまえら、どっか悪いんか?
 ノート、つけんでええ」

ほんで、また書いてるんですよ。
それで今度、ふっと見て、
「ふざけるなよー!」
俺を立たして、
「駿河(鶴瓶さんの本名)おちょくるなよ!
 なんでそんなことしてんねん?」言うて。

ほんで、座れと。

「俺は、この一年間やってきたけど、
 全クラスの中で
 このクラスがいちばんだめなクラスや。

 この五十年ぐらい教師やってるけど、
 ほんとにこのクラスはあかんクラスや。

 しかし五十年やってきて、
 こんなダメなクラスはないけども、
 いちばん好きなクラスや」

そう言うたんですよ。

「こんなおもろいクラスはない。
 だから、いつものとおりしろ!
 いつものとおりしてくれ! ピー!」
そう言うたんですよ。
糸井 ……すごいなぁ、そのオチは。
鶴瓶 ほんとのことなんですけど、ええ話でしょう?
鶴瓶 「ああ、青木がピー言うた」
っていうのが、最後のサゲなんです。
今日はピーを聴かんとこう、っていって
はじまった最後の授業やけど。
でもこれぜんぶ、ほんまの話なんです。
  (つづきます)


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2005-01-01-SAT

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