鶴瓶 |
今はそうじゃなくなったし、
どこでもできるようになったんですけど、
タクシーに乗ると稽古がはずんでいたんです。
最初のうちは、
「運転手さん、すいません、
後ろでちょっと稽古しますから」
といってやってたんです。
誰もいないところで稽古するっていうのは、
ひじょうにつらいんです。
聴いてる聴いてないは関わらず、
人間が前におるっていうことは、
まぁ、タクシーの運転手さんには
非常に失礼ですけど、
その「いてはる」というのが、すごく大事で。
でも今はね、もう何も言わんと、
まぁ、タクシーの後ろで
ボソボソブツブツ言うようになりましたけど。
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糸井 |
それって、
人はなぜ結婚するか、
ということに近い話ですね。
つまり、誰もいないところに
帰るんじゃなくて、
ひとこともしゃべらなかろうが、
誰かがいるっていうだけで
意味が変わるという──。
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鶴瓶 |
これはもう、
めちゃめちゃ大事なことですよ。
母親からの教えてもらったものを、
近くにいる、自分の好きな人に
作ってあげようと思ったときには、
言うたら母親との歴史が継承される部分もあるし。
こないだ、大阪の噺家のおまつりで、
彦八まつりいうのの
実行委員長やったんですよね。
実行委員長は、ずっと避けてたんですけど、
もうやらなあかん歳なので、やったんです。
ひきうけたんで、
たくさんの人に来てもらおうと、
小さな境内でやるおまつりなんですが、
広告塔にさんまを頼んだんですよ。
さんまは「兄さんわかった、行く」いうて、
快く来てくれたんです。
さんまは、精神的に、
ものすごい噺家の部分も持ってますからね。
さんまが来るよ、さんまが来るよいうて、
十万人集まったんですよ。
で、二日目の最後に、
人があんまり集まらんときにこそ、
さんまに、来てもろたんです。
それがまあぜんぶ無事に終って。
ぼくは二日間ずっと出て、
やっぱりもう汗だくになって、
打ち上げをちょこっとして……早く帰りたかった。
うちの嫁はんは来なかったんですけどね。
で、いつも夜の十時ぐらいから
ごはんを食べると、
「もう太るから、
もうやめとき、食べんほうがいい」
とか言うてんにも関わらずですよ。
いつも、「もうないよ」いうてんのに、
フッと帰ったら、嫁はんが
「お茶漬け食べる?」
と言うたんですよ、その日は。
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糸井 |
いいなぁ……。
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鶴瓶 |
焼き肉屋で打ちあげしたんですけど、
ぼく、お茶漬けは食べてなかったんです。
これは、動物的な勘なんですね。
「お茶漬け、食べる?」
「ああ、食べたいなぁ」
「わたしもつきあうわ」
そう言うたんですよ。
ちょっと、涙出そうになりました。
ふたりでお茶漬けで、
これが、ぼくは結婚して、
ほんとによかったなぁと思って。
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糸井 |
そういうことなんだよね。
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鶴瓶 |
そういうことです。
「お茶漬け食べる?」っていうのが、ね……。
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糸井 |
いつもはね、
「食うな」って言ってるんだよね?(笑)
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鶴瓶 |
うん。
いつもは、
「もう、肥えるから食べな(やめときな)
お湯落としたし、冷たいの飲んどき」
とか言うてる人間が、
「お茶漬け食べる?」です。
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糸井 |
いわば、
そのおまつりの日っていうのは、
鶴瓶さんにとって、
一世一代の日だったんだよね。
くたくたに疲れて。
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鶴瓶 |
うん。
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糸井 |
それ、なんだよね。
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鶴瓶 |
本人はぜんぜん、
その場は来てないんですよ?
でも帰ったら、
大きな狩りをしおわった男のように、
がーっと食べたいんです。
それを迎えてくれるいうのは、これ大事よ。
だから……
結婚っちゅうのは、いいもんですよ。
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(つづきます)
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