イギリスではときどき「シャワー」と呼ばれる通り雨が降る。 日本の夕立より雨の量は少なく、霧雨とまでは言わないが あまり服が濡れないタイプの雨で 傘をさすイギリス人は、ほとんどいない。 春や夏といった晴れ間の多い季節の日中に このシャワーがさあっと降ると、たまに虹が現れることがある。
先日、町へ買い物に出かけたときもそうだった。 昼過ぎにシャワーが降ったあと太陽が顔をのぞかせ、 空にひとつ、ふたつ、くっきり鮮やかな虹を作り出したのだ。 一緒にいた5才の息子が「あっちにもあるよ!」 と興奮気味に教えてくれた先には、更にふたつ。 ロンドンの空があんなに複数の虹で彩られているのを 私は初めて目にしたのだった。
虹を目で追いかけながら親子で歩道を歩いていると、 ポルトガル人が経営する自動車整備工場にさしかかった。 恰幅の良いおじさんが3人、建物の前で虹を見上げていた。 白いつなぎの作業着と指は油で黒く汚れている。 仕事の手をとめて外に出てきたのだろう。 「大きなのがいくつも架かっているぞ、見てみろよ」 感心した声で、空を指差す大人たち。
いくつになっても、虹を見つけると ちょっと得をした気分になるのはどうしてだろう。 なんだか、急に目の前に現れては 短い時間でふわりと消えてしまう、儚いご褒美のようだ。
アンティークやヴィンテージのジュエリーのなかには、 この虹の彩りをイメージしたガラスの品がある。 「アイリスガラス」と呼ばれるものだ。 私にとって、その昔、アイリスガラスとの出合いは まさに本物の虹を見つけたときのような、小さな驚きだった。
もともと、アイリスガラスは アルプスで採れる「アイリスクオーツ」という 虹色に輝く水晶の代用品としてガラス職人の手で生み出された。 名前は、ギリシャ神話に登場する虹の女神「Iris」 にちなんだものである。 主に、チェコのヤブロネツという町で 19世紀の終わりごろから第1次世界大戦の直後くらいまで 大量に作られ、ジュエリーに加工され、 あるいはルース(カットしただけの状態)のまま、 国外へ輸出されていた。
クオリティの良し悪しには大きな差があり、 色の濃さで印象が大きく変わるが、 私は、アイリスガラスには他のガラスとは違う魅力が あると感じている。
虹色は、子どもにも大人にも似合う魔法の色だ。 そして、アイリスガラスのジュエリーを身につけることは 「虹をまとう」ようなもの。 明るい春の陽気にぴったりの、 心をうきうきさせてくれる品である。